違う視点から生まれた新しい考え

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諦めなくても良い!

今回は、9月にやった「親の時間20周年祭り」
のリーダーをしてくれたまきちゃんからです。

「やりたいこと、できました」

長い間私の中でやりたいと
思っていた「親の時間祭り」
やっと「親の時間」20年目の
9月にやることができました。

来てくれた人のほとんどが
「親の時間」の仲間でしたが
30人くらいは来てくれたと思います。
東京クラスのメンバーの中から4人が
一緒に来てくれました。
本当に嬉しかったです。
私にとっては、大きな大きなチャレンジでした。

「親の時間」のクラスに出て、
話を聞きあいながら深めていった信頼関係。
このベースがなければ出来なかったと思います。
そして、お互い信頼関係を築く中で、
一人一人がとても個性的で
色んな特技を持っていて、
才能があるということを知りました。

一般的にこうじゃなければいけない、
こういうものだという社会の声に
私は「自分らしさ」を忘れて
いたことにも気がつきました。

私は、話を聞きあいながら、
少しずつ自分らしさを取り戻している
「親の時間」の仲間の発表の場を
作りたいなぁと思い始めました。
それで、ふと頭に浮かんだのが「お祭り」でした。
1度頭に浮かんだら、自分の中で盛り上がり、
一人で想像を膨らましニヤニヤしていました。
でも実現できるとは思ってもいませんでした。
それでも諦めきれず、以前私が
メインリスナーでクラスをやっていた時に
クラスのメンバーに「お祭り」のことを口にして
反応を窺ってみようと思いました。
みんなの反応はなかなか良かったのですが、
「私」が動き出せずに悶々としていました。
そんな中でまた数年が経ちました。

「親の時間」では、3か月に1度
「体験クラス」をやって「親の時間」を
知ってもらう場を作っているのですが、
なかなか参加する人が少なかったのです。
そんなある日、金曜日の「リーダーシップをとるクラス」
の中で、リーダーのわこからどうやったら
「親の時間」を知ってもらえるか
アイデアを出し合おうと提案があり、
私はそこで初めて「お祭り」のことを話しました。
そして、みんなにも賛成してもらうことができたのです。
やっとスタートラインに立った感じがしました。
でも、何度も何度も頓挫したくなったり、
わこから促されなければ「お祭り」のことも、
なかったように話さなかったり、
本当にやりたいことが実現する実感がなく、
反対にいろんな恐怖が出てきました。
「私がやってもみんなが着いてこない」
「私がリーダーをやらないほうが良い」
「絶対にうまくいかない」
「みんなを困らせる」…、
もう、ありとあらゆる「自分じゃダメ」が浮かんで、
その度に仲間に聞きあう時間をもらって、
一つ一つ「お祭り」が進んでいきました。

そして、この「自分じゃダメ」な気持ちが
小さい頃経験したことが大きかったのだと気づきました。

勇気を出してやりたいことを母に言った時の母の反応。
クラスの係に立候補した時友達から言われたこと。
先生がつけた自分への評価などなど。。。。
たくさん思い出しました。
それと一緒に、自分が学校の
「お楽しみ会」などでよく企画をしていたこと。
十代の時に私のやることを面白がって
見守ってくれた大人や仲間がいたことも思い出しました。
過去に傷ついたことが原因で、
先に進めないことがまだまだあります。
でも、諦めなくて良いのだと
「お祭り」をやって実感することができました。

協力してくれた人、来てくれた人、励ましてくれた人、
本当にありがとうございました。

まきちゃん


ささいなことにも喜びを感じられるよ

ちほからです。

13年住んだ家を引っ越しました。
新居は築35年の家。
工夫して住みよくすることが
とてもおもしろく、楽しく過ごしています。

私は長い間、たぶん子どもが大きくなってから
一人で家にいることを楽しめなくなっていました。
家はつまらないし、反対に外で過ごすほうが
楽しいので、出来るだけ人に会ったり
予定をたくさん入れていました。

子どもたちが大きくなって
自分の時間が出来たはずなのに、
心から喜ぶことが出来ないでいました。

いつもどこか誰かを待っているようで、
それをさみしく感じている 。
この感覚は小さい頃にもありました。
私は親や姉たちが帰ってくるまでの間、
さみしさやつまらなさを感じていたのに
誰にも言えずにやり過ごしていました。
その気持ちをずっと抱えていたことで
一人でも楽しくいることが難 しくなったのだと思います。

母は私が生まれて2か月で働きに出ました。
小さい私は祖母に預けられましたが、
母を求めて待っていたのだと思うのです。
けれどあまりにも待ち過ぎて、あきらめ、
後に私は「お母さんは仕事」「帰ってくるからさみしくない」と
理由をつけて気持ちをごまかしていきました。

私が担当している「親の時間」の託児では、
どんなに小さい人にも必ず説明をします。
「お母さんは2時間たったら必ず帰ってくるからね。
それまで一緒に待っていようね。
さみしかったり悲しかったりしたら泣いていいからね」と。

私が小さかった時は、なぜ母がそばにいないのか
説明して私の気持ちを聞いてくれる人はいませんでした。
今は気持ちを聞いてくれる人がいます。
小さい時の気持ちを思い出して
さみしいと泣いていると力がわいて きます。
もうさみしい気持ちをごまかすことは
しなくていいと思えるのです 。

「親の時間」の仲間に棚の修理を
手伝ってもらっていたら「ちほ、ねじを回すのが
楽しそうだね」と言われました。
ささいなことにも喜びを感じられるのが
今の私には嬉しいことで す。

ちほ

結果や評価より大切なこと

ちえちゃんからです。

わたしの息子が通っている小学校では、
毎週、学校の周囲を走る
全校マラソンの授業があります。

定められた時間内に何周走ったかを
毎回記録・加算し、学年末に
トータル周回数の多い生徒は表彰されます。

息子は一年生からこのマラソンを頑張ってきて、
その日は何があっても学校を休みません。
なぜそんな熱心なのか不思議に思っていたのですが、
あるとき息子が「クラスメイトのAくんが頑張るから、
おれも頑張れるんだ」と話してくれました。
そういう仲間に恵まれたことがうれしかったものです。

今年になってしばらくして、
そのAくんが怪我をしてしまいました。
Aくんとはいっしょに走れなくなってしまいましたが、
息子は休むことなくマラソンに参加していました。
ですが、どうも記録が伸びなくなりました。
昨年の終わり頃には6周できたはずなのに、
5周しかしないのです。
理由を尋ねると、「自分の学年では
いちばん走っているほうだ」としか答えません。

わたしは「がんばればもっとできるはずなのに」と、
息子に不満を持ちました。
昨年から体重が増え、身体が重く
なったために走れないのではないか。
高学年になって、手抜きを覚えたせいではないか。
感情のままに、そんなことを
息子に言ったこともあります。

ところが最近、息子のクラスメイトの
お母さんから声をかけられました。
彼女の娘さんも、いまマラソンを
頑張っているとのこと。
けれど、身体が小さいことや、
マラソンコースの中に苦手な箇所があって、
いつもそこで遅れがちになってしまっているそうです。
「けれど、娘が遅れるポイントで
いつも息子さんが待っていて、
いっしょに走ってくれるんです。
それで娘も頑張って走っているんですよ」
と、教えてくれました。

その話を聞いて、わたしは、以前、
息子がマラソンを頑張る理由を
聞いたときに心を動かされた理由を、
あらためて考えました。
わたしは、成果のためにライバルと
ともに努力する息子の姿勢に
感心したのではありません。
「ともに励まし合う相手」を、
自分で見つけてくれたことが
うれしかったのです。

息子のほうが結果や評価よりも
大切なことを知っていたのに、
いつの間にかわたしは「結果を出しなさい」と
息子に求めてしまっていました。

それらにとらわれてしまうこと自体は、
わたしのせいではないことと、
こうやってそれに気がつける自分がいて
いまあるのは「親の時間」のおかげです。

そんなことを思いながらも、
「自分の内部にある、評価を求めてしまうこと」に
もっと早くから取り組めば良かったなと、
反省するできごとでした。

ちえちゃん

相手に対して誠実でありたい

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