生きているからこそ!

わたしの風邪まだスッキリと治ってはいないのだけど
確実に良くなってきています。

さて、今日はみゆの文章です。

間もなく50歳の誕生日です。
50年、長い時間です。
正直驚いたりもします。
今朝、同年齢の人と話をしている中で、
最近の50歳は私の若い頃(20代)の40歳ぐらいでは?
という話をしました。
そんな中で50代という10年間は、
大きな意味を持つという考えを聞きました。
実は、結構50歳という年齢に
「重苦しさ」を感じていた私は、
諦めの気持ちがありました。
我ながら単純ですが、
その話をしたあと、少しファイトが湧いてきました。
人生の中に大切じゃない時間は無いとは思いますが、
常に毎日を丁寧に生きたいのです。
そう思っても、思うようにはならないことも
少なくないですが。
そんな気持ちを持てるのも、
「生きているからこそ」です。
みゆ
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ありがとう!わたしの身体!

土曜日も、日曜日もどこにも行かずに
家でおとなしくしていたのに、
風邪、まだ治りません。
喉の痛みは取れたし、
身体の節々の痛さもなくなったのだけど、
今度は鼻が詰まって、
そのせいか、頭もボンヤリします。

夜中に、目が覚めて、つくづく思いました。
わたしの身体、がんばっているなーって。
心臓、脳、ありとあらゆる器官、全ての内蔵、
皮膚、血管、細胞の一つ一つが、
絶え間なく動いているのです。
特に、今のわたしのように、
身体の中に入ったウィルスと戦っているときは、
通常に増して働かなくてはならないわけだから、
実際は身体を動かしていないけど、
普通よりももっと疲れるのでしょうね。
ありがとう、わたしの身体!です。




身体の声を聴いてね 

昨日、身体の節々が痛くて、
午後からずっと寝ていました。
(風邪みたいです)
今日はそのおかげで少し楽になって、
こんなふうにブログも書けています。
でも、動く気力もなく、ましてや動こうと思っても動けないと、
健康のありがたさをしみじみ感じます。
本当は、今日から名寄(旭川よりもっと北)に行って、
明日仕事の予定でした。
でもクラスを延期することができたので、
気持ちは楽になりました。

で、以前書いたわたしの文章を読み返していたら、
今日のわたしにぴったりのがありました。
みなさんも、読んで下さいね。

珍しく風邪をひいてしまいました。
体がだるいし、何しろ咳が出るので、
なるだけ人ごみは避けて、仕事のない時は
家でゆっくりしていることにしました。
自分では全く無理しているつもりはなく、
疲れはあまり感じなかったのですが、
海外に行く仕事や通訳の仕事などが重なったので、
身体的な疲れが出てウィルスに感染したのだと思います。

そう考えると、人間の身体というのはなんと正直で、
賢いのだろうと思います。
自覚がなくても『休息が必要だよ』と、
風邪という方法で私に教えてくれたのですから。

私は身体の症状を見て自分で何の病気か判断できない時以外は、
病院に行きませんし、薬を飲むこともしません。
自然療法のような手当てをして、とにかく休息をとるようにします。
家の中が散らかっていたり、仕事の締め切りがあったりしても、
病気の時は自分の身体を優先すると決めるのです。
今回は、幸いに(?)声もかすれて、咳も出て、
いかにも苦しそうに見えたので、
みんなとても優しく対応してくれました。
 
一緒に住んでいる娘が、咳をしている私の背中をさすってくれたり、
散らかっている部屋を掃除してくれたりと優しくしてくれました。

私が子どもの時に、母親が普段は買ってくれない高級ヨーグルトを
枕元に置いてくれたり、りんごをすってくれたりしたことなど、
母親の優しさも思い出しました。

私たちの身体は時々集中的な休息を必要とするときがあるようです。
どうかみなさんも風邪とかで体調を崩したら、
何か無理をしてきたというサインなのですから、
身体の声を聴いてあげるチャンスにして、
ゆっくり身体を休める方法を考えてください。

八戸のメンバーから

「親の時間」は、現在札幌、青森県八戸市、
東京都江戸川区、広島市可部で行われています。
「親の時間八戸」では、定期的にメンバーで通信を発行しています。
その中の記事の一つが、他のメンバーの気持ちや、状況と
とても重なる内容なので、書いてくれた、みどの許可を得て、
ここに紹介します。

「親の時間」は一人目を出産した後にチラシで知りました。
でも、どんなことをやるのか?と、
不安があって行けませんでした。
あれから5年。
友人の話と、わこの本を読んだことで、
「子育ての悩みの解決法がここにあるかもしれない」
とおもって、わこの体験クラスへ足を運びました。
初めての体験で、ただ、自分の自己紹介をしていただけなのに
涙があふれ出てしまいました。
「なんで?」、とても不思議でした。
注目を浴びて話す。ただ聞いてもらうだけなのに。
自分の心の中にしまってあるさまざまな思いが噴きだして、
話して、涙して、すっきり。
まさか、こんなこと。
自分がしまって来た感情だったなんて。。。。
毎回自分でも、おどろいている。
「親の時間」をはじめて、子どもが何を言いたいのか?
じっと見つめる時間が増えました。
泣いているときも泣かせてあげることが出来るようになりました。
最近は自分はこれでいいんだって、肯定する時間が増えたような気がします。
わたしが穏やかだと家庭が穏やか。
これからもっともっと楽に、子育てしていけるかもしれないと思います。
みど

自分を悪く思わない!

めぐととしみ、
わたしの質問へのコメントありがとうね!
親だけじゃなく回りの人達誰でも、
このブログのこといっぱい、教えてあげてください。

さて、わたし寒い東京から帰ってきました。
東京、ホント寒かったー。
なんか、札幌より寒かった。
寒すぎて、月曜日に降った雪が溶けなくて、
たくさーん、道路のすみっこに残ってました。
こどもたちが、公園の中のツルツルスベル道路で、
すごく楽しそうに、滑って遊んでました。

ところで、今日はともこの文章です。

今回は 私の2013年の目標について書きたいと思います。

お正月の休み中に子ども達との会話の中で、今年の目標は

私: 絶対に自分を悪く思わない事!
娘: えーそれってダメな人じゃない?
息子: そんなのジコチュー(自己中心的な人)でしょ

との反応にちょっと驚きました。

私: 間違いを改めないという意味じゃないよ、
自分を責めるとちゃんと考えられなくなるから、
自分を責めないで、何が問題かを考えるということだよ

と説明しましたがあまりピンとこない様子。

なぜ伝わらない?と理由を考えて、まず思ったのは、
二人とも今年18歳になりますが、
「親の時間」を始めた5歳くらいの頃から
「あなたが悪い」とか「あなたのせいよ」
のような「自分を悪く思いなさい」
という言い方はしてこなかったのに。。。ということです。

でも、今まで学校や社会で日常的に、
自分のせいにされてショックだったり、
あるいは人のせいになってなんだかホッとしたりが
たくさんあって「自分が悪い」と思うようになったのかなー?
とも思いました。

「親の時間」をはじめてから、何度も何度もメインリスナー
(「親の時間」のクラスを教える人)
にあなたは悪くないと声をかけてもらい、
つらかった時の気持ちを聞いてもらいました。

だから、以前は「自分が悪い」というところで留まって、
何も出来なくなってしまっていたのだけど、
自分を責めなくなってから、自分の中の気持ちが整理でき、
本当はどうしたかったのかが少しづつ見えてきたことを思い出しました。

それに、私自身の目標を口にして、子ども達の反応に驚いたのも、
心の中では、親が私に悪く思わせるように叱ってばかりいたせいだ。
私は子どもにそんなことはしないと「親のせい」にしていたことにも
気が付き「自分のせい」と「人のせい」は違うように見えても
同じなのではないかとも思いました。

過去に自分が悪くなれば一見、解決したように思われたことも
実は、自分の中では解決できていないことを
今年はひとつひとつ自分を悪く思わないことを通して
仲間に聞いてもらいながら丁寧に考えていこうと思っています。






質問!

「親の時間」の人以外にも読んでもらう為に、
少しずつ、このブログの宣伝を始めています。

でも、どうしたらブログの読者がふえるかなー?
誰か、良いアイディアがある人是非教えて下さい。

読んでくれた人は、絵も素敵で、内容もいいネッて、
感想を言ってくれます。
親だけじゃなく、いろいろな人達に
読んでほしいと思っています。

わたしは、明日から久しぶりに東京に行きます。

この前のような大雪がふりませんように!

母親は大好きな存在

親の時間では、過去に3冊の文集と、何冊かの寄せ書きノートを
作っています。
身内で作った、小さな文集(ノート)ですが、
たくさんの親の想いが詰まった、
心があったかくなる文章ばかりです。
今日はその中から、一つ紹介しますね。

「親の時間」を始めて約一年。
始めは感情を出して話すことが、
傷ついた体験を癒す方法だと言われても、
何かピンときませんでした。

でも最近、感情を思いっきり出すことで、
たくさんのことに気づき、子育てもラクになってきています。
私が感情を出しても止められることなく聞いてもらえる
「親の時間」の仲間が、信頼できるようになり、
安心な場所を手に入れたことも、
生活していく中で大きな励ましになっています。

ここで気づけた最近の大きなことは、
本当は母のことを大好きだということです。
そのことに気がつく前は、母のことが大嫌いでした。
いつも自分を犠牲にしている母に、
もっと自分のことを大切にして、
子どもの私のことももっと愛して、と思っていました。
本当は、愛してくれていたのかもしれないけど、
子どもの私にわかるように言葉で伝え、態度で示してほしかったのです。

女性として、そして母親としての、母の生き方を肯定することができず、
母に向かって、いつも批判したくなる私がいました。
母に対する不満が次々にあふれてくるのです。
そして、母も私に対して同じでした。
私の顔を見ると、不機嫌で、怒ってばかりいたのです。

おとなになってからは、私たちはもう仲良くなれないと、
思ってあきらめていました。
でも、こんなにも母のことが気になり、
母のことばかり考えているのは、何故だろうという疑問が湧いた時に、
初めて気がついたのです。
私は母のことを、生まれたときからずっと愛していたからだということに。
そして、母も同じ想いだったということに。
それに気づいた時は嬉しくて涙が止まりませんでした。

母親というものは、子どもに大きな影響を与える、大好きな存在です。
だからこそ、私は、子どもに愛していることを伝え、
それと同時に私自身の人生を生きられるようになりたいと思います。
そして、息子のことを信頼し、後ろから支えていけるようになりたいと思うのです。

親の祈り

今回は、みっちゃんの文章と、みっちゃんのお気に入りの絵です。


こんにちは みっちゃんです。
親の時間のブログが出来て、深夜でもブログを開くと
皆と繋がっているんだなぁ~と感じられて嬉しいです。

私は、以前友人から教えてもらった私の好きな詩を紹介します。
                       

  親の祈り

私をよりよい親にして下さい。

私の見果てぬ夢を負わせることなく、
子供自身が人生を選ぶことを助けるものにして下さい。

道草や回り道にもいらいらせず、子供の長い人生から、
これを見守るかしこさを与えて下さい。

のろさやぐずさに八つ当たりして、
子供のやる気をそぐことがありませんように。

誰にでもある失敗にはほほえむ余裕を、
否には否をもって当たり得る者として下さい。

叱る時には、優しい声と温かい心をお授け下さい。

そうすればきっと、叱られた訳に聞き入り、
人生の秩序と決まりを生涯の友とするでしょう。

くどくしつこい言葉や、黙って無視することから、
私をお助け下さい。

そして、まっすぐ頼ってくるまなざしを、
理解と和らぎにおいて受け止める事が出来ま すように。

どうか、私の声と怒りを静めて下さい。

そうすれば生きる喜びまで曇らすような
親子げんかはなくなるでしょう。

私の子供が私を見て大人になることをためらうことのないように、
私に内なる輝きをお備え下さい。

あるがままの彼らを受け入れ、そのままで喜ぶ者にして下さい。

そうすればきっと安心して生きていいことを知るからです。

どうか、確かさと優しさに於いて子供たちを育ませて下さい。

いつの日か彼らも又、そのように隣人を
受け入れることを得るからです。

そして、その時が来たら、彼が望んだ
人生を行かせる勇気を私に与えて下さい。

その日には、育んできた者たちが、
胸をはって自らの信じる道を確かな足どりで巣立って
いくのを、見る事ができるでしょう。

自信と優しさと、そして良心を心の友としながら。



冬休み、自由研究の事で子どもともめてしまった夜。
翌朝、反省して子どもに「ごめんね」 と手紙を書いて仕事に出かけました。
私は今まで何回こんな事を繰り返しているんだろう~。

でも、「親の時間」で皆に話を聞いてもらってなかったら、
きっと「ごめんね」も言えない親になっていたよね。
自分が目指す親になるのってとても難しい。

私は、小さい時に自分が求めていた理想の親に
少しでも近づける様に、「親の時間」をずっと続け
ているんだと思います。

皆、今年も一緒に子育てしようね (^O^)

み

題名:将来の夢(息子が8歳の時に書いた絵)

衝撃的なできごとにさらされた子どもを助けるには

先月、アメリカの小学校で起きた銃乱射事件は、
いろいろな問題を孕んでいて、
深く考えさせられる大事件でした。

このような大きな問題が起きた時に、
わたし達親は、そしておとなは
どのように子ども達と向き合うかを書いた文章を
友人が送ってくれたので、ここに掲載します。

最初は短くしようと思いましたが、
書いてあること全てが本当に大切だし、
それを時間をかけて訳してくれた友達の恵子にも
深く感謝しているので、全文載せることにします。


衝撃的なできごとにさらされた子どもを助けるには
パティー・ウィフラー 著
佐藤ペリー・恵子 訳

無惨な暴力に思いやりで応えるのはだれにとっても難しいことです。
死や争いの映像を目にすればだれもが一連の感情を刺激されます。
愛する人や社会など自分たちの中から、暴力という野蛮な道具をふるって
人や物を傷つける人があらわれるのは恐ろしいものです。

こんなとき親はどうしたらいいでしょう?
暴力のことを子どもにどう説明すべきでしょう?
子どもを守り育みながら、親の恐怖心や不安感は
どう処理したらいいでしょう?
暴力が現実に身近に存在するとき、争いの平和的な解決法を
子どもにどう教えたらいいのでしょう?

暴力という残忍な行為は人の理解を越えるものです。
政治権力を得るための暴力であれ、小地域の犯罪のように
問題ある個人を社会が見いだし救えなかったために
起きた暴力であれ、理解不能です。

人が人を傷つける行為は理解を越えるものです。
暴力は人間の本性にそぐわない不快な行為なので、暴力にあったり、
暴力を目撃した子どもの心は動揺や傷でいっぱいになります。
ですから、子どもの心をできるだけ傷つけないように守りながら、
悲しい惨事に対応してください。
でも、暴力の存在が子どもを傷つけているという事実を
避けて通ることはできません。

こんな難しい時に、子どものことも、
親である自分のこともよくケアするための提案があります。

まず、子どもがいない所で、大人同士で衝撃的なできごとへ
の気もちや衝動を話し合ってください。
どう押さえつけても、私たちは惨事について大きな感情を抱えています。
歴史上も今も繰り返される暴力に対する
無力感や絶望感に陥ることもあるでしょう。
社会に健全な抗議をする場がないため、
内心悲しんだり腹を立ててはいても、
あきらめや無関心を装わなければならないこともあるでしょう。
そんな大人にとれる第一歩は、自分にとってなにが大切で、
誰が大切なのかしっかり覚えておくことです。

そうすれば、子どものときに願っていた、
やさしく安全で公正な世界への希望を思いだすことができるでしょう。
大人だって愛する人を思い、安全や公正を願って、
泣いたり、震えたり、あからさまに怒るなど、
事態にふさわしく人間らしい感情表現をしていいのです。
でも、感情を発散するのは子どものいない所で
ほかの大人としてください。
深い感情を体験すると、大人も本来の力を取り戻すことができ、
「世界を正義ある場所にしよう!」と家族やコミュニティで
精一杯はたらくための希望を得ることができるでしょう。

大人も人を思いやり、正義や暴力の撲滅に関心をもっていることを
子どもが見るのはとてもいいことです。
でも、子どもが大人の感情をぶつける唯一の相手になってはいけません。
動揺していたら子どもの前で泣いてもいいのです。
でも、泣きながら言葉で細かく気もちの説明をしないでください。
そのかわり「ニュースを聞いて腹がたった」とか
「悲しい気もちがなくなるまでちょっと泣かせて」
と簡単に言ってあげてください。

幼い子どもにはできごとの詳細を教えないでください。
子どもの心は暴力を消化することができません。
リアルな映像を見たり大人が脚色した解説を聞いて
こわい思いをしてしまうこともあります。

幼い子どもを不必要にこわがらせないよう、
次のようなことを心がけましょう。

・ ニュースや報道から子どもを守る
テレビの報道や新聞の写真を見たり、ラジオの解説を聞くと、
大人に不安感や不信感を抱かせ、収拾不可能な事態が起きている、
という印象を子どもに与えてしまいます。
ニュースは子どもが寝たあとや通勤の車や電車の中で
入手するようにしましょう。
苦労して築いた家庭内のつながりや愛情が
報道によって壊されてはいけません。

・ どうして人が「道を外れるのか」について的確な考え方を示す
ある人は悪人、またある人は善人とレッテルを貼るのは、
混乱を招き、現代社会の不正を助長する考え方です。
子どもには「人はみな善良だ」というメッセージをあげてください。
「でも傷ついたりこわい思いをするとだれでも道を外れることがある」
「世の中にはひどい仕打ちを受けて育った人がいる」
「ひどい仕打ちを受けて傷ついて育ったひとが
ほかの人を傷つけたくなることがある」
「でも、だれかが止めに入って、
暴力を押さえながらそばについてあげれば、
傷ついて育った人でも変わることができる」「
大人だってどうやって止めに入ったらいいか分からないことも、
止めに入る勇気がないこともあるし、
大きくなって暴力をふるう前につかまえてあげられないこともある」
「でも、大人もそんな失敗から学ぼうとしているんだよ」
と話してあげてください。

・ 年が上の子どもには、社会に虐げられている人々がいることを話す
一見希望がない状況に置かれていても、虐げられた人が
力を合わせ敬意をもって正義を求めれば、
暴力をふるわずにきっと正義を築くことができる、
と話してください。

・ 死に値する悪い人がいるという考え方をやめる
人類の平和共存のためにも、絶望と暴力を生み出す不正を改めるためにも、
悪に対する考え方を変え、暴力にたよらずに暴力を防ぐ
効果的な方法を真剣に探らなければなりません。
「本来は善良な人が、傷ついたまま一人きりで放っておかれ、
だれも助けの手を届けることができなかった。
そのため、この人の心の苦しみが人を痛める行為となってしまった」
という一見分かりづらいながらも、
より的確な考え方を追求できる人が必要です。

・ 今すべきことや毎日の日常生活に集中し、
一緒にいることを喜び、家族一人一人のことを喜ぶ
惨事については、子どもが理解できる言葉でおおまかに話す。
たとえば「今日はみんなにとって悲しいことがあった。
人を傷つけてしまった人がいたんだ。
だれにも止めることができなかった。」とか
「ママ/パパもいろいろな気もちがある。
だから、ほかの大人に聴いてもらってる」と言ってあげてください。

・ 暴力や死について話すときは「一緒に」が合言葉
「亡くなった人を追悼して、思いを伝えるために家族で
一緒にどんなことができると思う?」
というような質問は癒しにつながります。
子どもにもどんな考えがあるか聞いてあげてください。
親から提案してもいいでしょう。たとえば
「ろうそくに火をともすのはどう?」
「黙想してみる?」
「不幸にあった人を思いながら家族みんなで抱きしめ合ってみようか?」
「手紙を書いてみる?」
「地域の恵まれない人たちに食べ物や洋服を寄付してはどう?」など。
一緒に思いやりある行動をとるのは
家族みんなにとっていいことです。
子どもの考えもあなた自身の思いやりの力も
尊重して実行してみてください。


子どもがテレビのリアルな映像を見たり、
大人のピリピリした不安気な会話を聞いてしまったら、
そんなときは、安心させる言葉をかけてあげてください。
「ここは安全だよ」
「ママ/パパがついているから安心して」
「二度と危ないことが起きないように
ママ/パパもみんなと力を合わせて
一緒に精一杯がんばるよ」
と伝えてあげてください。

惨事が起きた理由を聞かれたら、
子どもの年齢と経験に合わせて答えてください。
世界から不公平がなくなる方法は大人にだってまだ分からない、
と認めていいのです。
たとえば、子どもが不公平なことについて、怒ったり泣いたりしたら、
子どもの気持ちを聴いて、どうしたら不公平がなくなるか解決法を考える
でも、世の中には不公平なことがあっても
話を聞いたり助けてもらえない人がたくさんいる。
心が傷ついたまま一人ぼっちでだれにも分かってもらえないと、
怒りに走ったり取り返しのつかないことをしてしまう人がいるんだよ。
と説明してあげてもいいでしょう。

社会の不正や非理性的行動について話すときは、
家庭で家族の一員が非理性的行動をしたとき、
注意や助けを求めているときに
あなたが親として心がけていることも話してあげてください。
たとえば
「けんかになったらじっくり話を聴いて解決する」
「人を傷つけるようなことは決して口にしない」
「ママ/パパが腹を立てることがあったら、
できるだけほかの大人に聴いてもらう」
「困っている人がいたら手を差し伸べて、
希望をなくさないように、
気遣ってくれる人がいることを覚えてもらえるようにする」
など家庭のルールを話してもいいでしょう。

でも、どんなに言葉で説明しても、
子どもには理不尽な行動を理解することはできません。
理不尽な行動は人の理解を越えるものなのです。
ですから「正しい」説明をしなければとがんばる必要はありません。
事実をならべても理解にはつながらないのです。
それよりも、どうして大人がこんな反応をしているのかを
教えてもらったり、深刻な顔をしている大人も、
子どもの世話はちゃんとするよ、と言ってもらう方が
子どもにとっては大事です。
子どもには「だれにも危ないことはさせないよ」
と何度も安心の言葉をかけてあげてください。

もし地域に暴力が起きていて、日々こわい思いをしているとしたら、
「きっといつかは良くなる」
「こわい思いをしなくてもいい日がきっとくるよ」と言ってあげてください。
親もあきらめずに、人を愛し、思いやり、
家族やコミュニティの改善のために働いている姿を
子どもに見せてあげてください。

子どもは、惨事の話や映像でこわい思いをすると、
それとは無関係なことで恐怖心を表現するものです。
たとえば、夜中に目が覚めて泣くかもしれません。
またはご飯のときに「ママ/パパのお膝に座りたい!」
と駄々をこねるかもしれません。
あるいは「靴が見つからない」とかんしゃくを起こすかもしれません。

こんなときは、子どものそばに寄り添って、安心させながら、
いっぱい感じているままの気もちを聴いてあげてください。
そして「ごちそうさまの後だったらお膝に乗っていいよ」
とリラックスした口調で答えてください。
そうすると、あなたが子どもにあげる安心感が心におさまるまで、
子どもは泣いたり暴れたりして恐怖心を吐き出そうとするでしょう。
または「靴はきっと見つかるよ。でも今は見当たらないね」
と言ってあげれば、子どもはようやく心に抱えていた
恐怖心や不安感を涙やかんしゃくで発散することができます。

親にとっては些細に見えるそんな小さなできごとが、
子どもの心の「缶切り」の役割を果たし、
たまっていた大きな感情のふたを開けてくれるのです。
ご飯や就寝時などホッとする家族団らんの場や、
学校や保育園へ行く前の朝の忙しいときを
選んでぐずぐずと感情的になることが
子どもにはよくあります。
そんな時の子どもはたまっていた気もちを吐き出し、
再び安心感を感じようとしているのです。

そばに寄り添って気もちに耳を傾けると、
子どもの涙やかんしゃくがしばらくは続くことを覚悟してください。
また、温かく愛情深く聴けば聴くほど、
子どもの感情表現はますます激しくなるものです。
これはいたって正常で、健康的な感情のはたらきで、
あなたからの安心感が子どもの心に届いたことを表すサインです。
でも、子どもの感情爆発の原因と思われる惨事については
何も言わないでください。
親が分析したとたんに子どもの感情発散のはたらきが
ぴたりと止まってしまうことがあるからです。
子どもが選んだ小さなできごとは、子どもにとっては
ちょうどいい大きさのできごとなのです。
言葉をかけるときは、(見つからない靴のような)
目前のできごとについて話し続けてください。

最後に、責任追及や暴力といった安易な方法では真の正義、
人間理解、権力と資源の分割は成し遂げられません。
不安な時こそ、人々がより明晰に思考するために、
感情から痛烈な角をとりのぞくことができるよう、
人々の感情によく耳をかたむけなければなりません。
人々の間を裂き、暴力など理不尽な行動を生み出す原因は
世の不正にあります。
不正を問題にしない安易な「解決法」に走ることがないように、
親も社会に発言し力を合わせる必要があります。

小集団である家族でさえ、常に全員が協力するためには、
一人一人の愛情や務め、誠実な関わりが大切なことを、
私たち親は身にしみて知っています。

親として習得しているこのスキルは、
まさに人間社会を個人レベルから癒していくのに必要なスキルです。

人々の間が一歩でも近づきますように。
生き方が違う人とも歩み寄ることができますように。
人々の間を分つ傷を癒すために思いやりをもって聴き、
傷を生み出す不正を正すことができますように。

泣くことの大切さ

昨日は、まきちゃんのメッセージだったので、
改めて、わたしから

あけましておめでとうございます。
たくさん、良いことがありますように!

このブログの表紙の絵を書いた藍子ちゃんが、
またまた素敵な作品を彼女のブログにアップしていたので、
許可をもらって、ここに紹介します。
新年に向けて、なんかワクワクする、
一年中飾っておきたくなる
2013年のリースですよ!


2013 藍子ちゃん


そして、2013年にむけての
わたしからのメッセージです。

「親の時間」で、わたしが最初に伝えていることが、
泣くことの大切さです。
なぜなら、泣くことの大切さを知っているおとなは、
残念ながら非常に少ないのが現状だからです。

子どもが、辛いことや悲しいことがあったときに、
自然に泣いているのを、
おとなはいろいろな方法を使って止めようとしたり、
子どもを見下した発言をしたりします。
その方法によって、子どもは泣くのをやめる場合もありますが、
それは同時に、人間が痛みや辛さから
自分自身を癒すことを止めることでもあるのです。

例えば、子どもが走って転び大泣きして、
その後また何事もなかったように走り出す光景を
見たことがありますか?
人間が傷ついた体験から回復するのに
泣くことが有効だと知る前、わたしも
「子どもは学習能力がないから、また走れるのだ」
と決め付けていました。
それに、わたし自身も子どものころ、
おとなに「泣いても何も変わらないから泣くな!」と
言われ続けてきました。
でも、それは嘘で、泣くと本当に
痛みはかなりやわらぐのです。
肉体的な痛みだけではありません。
精神的に傷ついた体験から回復するのにも、
泣くのはとても有効です。
それを小さな子どもは、良く知っていて、
証明してくれているのです。
おとなは、子どもが泣くと
自分が責められているみたいで辛いし、
どうしたらよいかわからないと言います。
自分が小さい時「泣いてもいいよ」なんて
誰にも言ってもらったことがないし、
自分自身もずっと泣かないように生きてきて、
子どもも泣かせないように育てなくちゃ、と思っています。
社会の中に理解がないため、
親は子どもを泣かせないことが、
回りの人達に迷惑をかけないことだと、
必死になるのです。

そのように子育てしていたら当然、
子どもに向かうことが大変で
、辛いものに変わっていきます。
そして、その大変さや、自分の子どもの時に感じた
潜在的な矛盾や、混乱を聞いてくれる場所もないので、
訳の分からないイライラや、怒りを、
子どもにぶつけてしまうことさえあります。

そんなときは、あなたも安心な場所で、
話しを聞いてもらう必要があるのです。
安心を感じて、温かい注目を充分に受けて
話しをきいてもらったら、不思議なことに
いろいろなことを思い出して涙がわいてきます。
そして、自分が良く生きてきたことを感じることができます。
 
子どもが泣くとあなたはどんな気持ちになりますか?
あなたが小さい時はどうでしたか?
泣いていたら何て言われましたか?

わたしも、自分がないてもいいんだと、認めることができてから、
泣くことの大切さを実感できるようになりました。
子どもが泣きながら話すのも聞けるようになりました。
そして、この体験を他の親とも分かち合うために、
「親の時間」というグループカウンセリングのクラスを始めたのです。
そのクラスでわたしはいつもみんなに伝えています。

「おとなだって、男の人だって、
泣いてもいいんだよ。
泣くのはたいせつだよ。
泣くのを聞けるようになろうよ」

あけましておめでとう

今年第一号の文章は、まきちゃんです。

「2013年がスタートしましたね。
みんなはどんな新年を迎えましたか?

我が家は毎年、夫が年末年始は仕事でいないため、
娘二人と私の三人で過ごします。
大晦日は、去年立てた目標はどうだったか、
元旦は、今年の目標を立てるのが
恒例になっています。

高校生の娘は、普段忙しく、
ゆっくり話す時間がないのですが、
年末年始は久しぶりに
話ができて本当に嬉しかったです。

小学生の娘は、お姉ちゃんといとこと
沢山遊ぶことができて、楽しくてたまらないようでした。

元旦の夜は、一つの部屋に三組布団を敷いて
(普段は高校生の娘は別の部屋)
初夢はどんなのを見たか、
翌日話すことを約束して眠りました。

今年はどんな一年になるかな~!!

まきちゃんの写真

写真は、少々もめてもあっという間に
仲良くなった、いとこと娘です」


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わこ

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