札幌の遅かった桜です!

あんなに、いろいろな所の桜の写真を
アップしたのに、肝心の私が住んでいる札幌の桜は、
タイに行っていたので、見ることできない、と
諦めていました。
なのに、一昨日自転車で回ったら、
なんと八重桜が、とても綺麗に咲いていました。

南4条、5条

南4条と、5条の間の八重桜の並木道。
なかなかうまく写真が撮れなくて、
並木道の雰囲気が出ていないのだけど。。。。


円山公園

そして、円山公園の八重桜。


チューリプ

円山公園は、チューリップもとても綺麗でした。

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鬱病と診断された夫を励ます

こっちゃんの文章です。

夫は9年ほど前から、気分の激しい落ち込み、
めまい、耳鳴りなどの不調を訴えるようになりました。
はじめは、自分の不調を「体の病気」だと信じ、
ありとあらゆる検査を受けましたが異常なし。
最終的に心療内科で「うつ病」の
診断をうけ薬を処方されました。

幼少から親の期待にこたえ、
「自慢の長男」として成長していた夫。
就職、結婚、子の誕生、
と世間一般に言われる「幸せ」を手に入れ、
独身の友人たちにもちょっと自慢げだった夫

順風満帆だったはずの自分が
「うつ病です。向精神薬を飲んでください」
と宣告された瞬間はいったいどんな思いだったでしょう。
会社にはもちろん、友人、親姉弟にも
自分の現状を打ち明けることができず、
だまって薬をのみ、通院しはじめました。

「自分のやりたいこと」より
「親の求めること」を優先し、
「自分の夢」より「生活の安定」を優先し、
「自分の欲求」より「世間からどう見られるか」
を優先してきた夫はだぶんもう、限界だったのだと思います。

そんな夫にどう声をかけたらいいのか、
正直分かりませんでした。
産まれたての子どもを抱きつつ私もまた、
全く余裕のないものすごい混乱の中にいたのです。

「(何が何でも会社だけは行って、
給料は持って帰ってきてよね)」
「(病院に通いはじめたんだから、
ほっといてもそのうち良くなるよね)」
「(稼いでくるのがあなたの役目なんだから、
自分でなんとかしてよね)」

日々そうやって、夫のSOSを
見て見ないふりをしていました。
でも本当はあの時点ですぐに、
夫にはたくさんのサポートが必要だったのだと思います。

「本当によくがんばってきたね、
少し、休まない?」
「休むことでたくさんの恐怖が
湧いてくるだろうけど、決して一人にはしないよ」
「これからどうやって生活していくかも、
一緒に考えよう。絶対に突破口が見つかるよ」
「どんな状態のあなたも、大切な人だよ」

夫に本当に必要だったのは、
医師や薬の前に、きっとそんなやさしい、
誰かの寄り添いだったのではないか。

たくさんの時間たくさんの仲間に、
自分の偽りない気持ちを吐き出し
余裕と柔軟性を取り戻した私は、
やっと、そのことに気付くことができました。
そしてもちろんあの時の私にも、
十分なサポートが必要でした。

人と人とが寄り添いあい助け合う。

もっともっと誰とでも気軽に、
そうやって繋がりあえる社会を作っていきたいと
今は思っています。

こっちゃん

子どもの成長を一緒に喜び合う

あやちゃんの原稿です
あやちゃん、掲載が遅くなってごめんね。


先日、娘が地下鉄で傘を忘れました。
習い事に一人で電車に乗って行くのですが、
大通り駅で降りたとたんすぐに
傘を車内に忘れた事に気がつき、
改札にいる職員の人に
「傘を忘れたんですがどうしたらいいですか?」
と聞いたそうです。
いつごろ、どこ行きの電車だったかを聞かれ、答えたあと、
忘れ物はいったんひばりヶ丘駅に2日間保管されるので、
その後、大通り駅の忘れ物センターに取りに来てください。
と言われた辺りから小4の娘の頭は混乱し始め・・・
職員の人に「今、お父さんの携帯に電話するので、
その話しを直接お父さんにしてもらっていいですか?」とお願いして
勤務中の夫が電話に出て対応してくれたそうです。

私も夫も 恥ずかしがり屋の娘が、
近くにいる、解決してくれそうな大人を見つけて 
すぐに助けを求められた事に喜び、
しかも自分では分からない事は、
父親に電話をするという判断が出来た事に
大きな成長を感じました。

あまり親以外の大人を頼る事のできない娘でしたが 
最近は先生や友達にもSOSを求めることが
出来るようになってきたのも、
私が根気よく、ただただ娘の話しを否定せずに
聞き続けてきた事が 娘の自分自身で考える力になってきたのかと
本当に嬉しかったのです。

その話しを「親の時間」のクラスの
「良かった事」で聞いてもらいました。

一般的には、「うちの子ってすごいでしょ」的な話しは
「自慢?」「親ばかなんじゃない?」と 
ひがみやからかいで、冷笑されてしまうことが
よくあるかと思います。

もしくは、実際はそうでなくても、
「陰でそう思われてしまうかも」という思い込みから、
子供の成長を感じる話しを、
なかなか言いづらいと思う人も多いのではないでしょうか。

でも「親の時間」はそうではありません。
その話しをした時も、みんなが100%の注目を私にくれて、
暖かい視線で一緒に喜びを分かち合ってくれました。

素敵な笑顔で「○○すごいね!」「よくやってるね」
と言ってもらえると、またその出来事が思い出されて
二度も三度も嬉しいのです。
辛いことや苦しいことを沢山聞き合い、
良かった事も共に喜んでくれる 
「親の時間」の仲間にいつも感謝です。

あやちゃん

ただいまー

タイから帰ってきました。
でも、今はまだ東京にいます。
今日は「親の時間」のクラスをやって、
明日と明後日は会議とワークショップをやって
日曜日に札幌に戻ります。

タイは暑かった。
蚊にたくさん刺されたし、牡蠣にあたって
病院に行ったりとたいへんなこともあったけど、
毎朝、いろんな鳥の声を聞きながら目覚め、
たくさんの緑と、たくさんの魚がゆうゆうと泳いでいる湖の
上に建っているお家で、過ごしていました。
もう、すでになつかしいです。



タイに行きます!

明日からタイに行きます。
果樹園の農家に行くので、果物が食べ放題の予定です。

さむい、さむいと言っている札幌から、
きっと暑い、暑いと言うだろうのタイにいくのは、
(平均気温34℃です)
今はちょっと想像できないのだけど。。。

珍しくデジカメを持っていくので、
写真もたくサーン、撮る予定です!!

写真をアップするのは帰ってきてからになるけど、
ネット環境があるとおもうので、ブログが書けたらいいな。

行ってきまーす。

泣くと痛みがなくなるよ!

今日はみきの原稿です。

二年ほど前ですが、突然右肩が痛くなり
動かせなくなってしまったことがありました。

痛みで右腕が動かせず、
着替えは泣きながら、
洗顔も歯磨きもままならない状況で、
夜も眠れず、家事は一切放棄しました。
じっとしていても痛いのですが、
動くとひどく響いて、歩くことも大変でした。

必死の思いで病院に行くと、
いとも簡単に「レントゲンを撮るので、
服を脱いでください」と言われ、涙。

肩に石灰のようなものが付着していて、
それによって肩全体が炎症を起こしている
ということでした。
典型的な四十肩と言われ、
「まだ、39歳です。」と
言ってみたのですが、このような症状を
おおまかに四十肩と呼ぶのだとのこと。
かなりの激痛のなか、
そのネーミングにはおおいに
不満だったのをおぼえています。

そんな時ちょうど「親の時間」のクラスがあり、
あきらかに苦悶の表情の私のためにみんなが
時間をとってくれました。
とにかく「痛い痛い痛いよー」と言いつづけ、
みんなに注目してもらい、たくさん泣きました。
そのうち小さいころを思い出し、
「おかあさん痛いよー」と言っていました。

すると帰る時に、「来た時と全然表情が違っている」
と言われ、ハッと気がつくと痛みがかなり減っていて、
体も心もすごく軽くなっていたのです。

時間がたつと、少しづつ痛みが出てきたので、
また聞きあう仲間に電話で「痛い、もういやだ」
と言って泣くのをきいてもらったら、痛みが減ったのです。

かつて、『痛いと言ったって治らない』
『泣いたって解決しない』と言われたのに。。。。
それって、本当ではなかったんですね。
私が体験した、本当のことをみんなに伝えたいと思うのです。
そして是非、たくさんの人に体感してほしい。

人は、自分の中に最善の回復システムを持ってるんですね。
人間て本当に不思議だし、おもしろいし、完璧!

みんな、いっぱい聞いてくれてありがとう。

みき

札幌の桜はまだです!

札幌に戻ってきました。
少し暖かくなっていて、ホッとしました。
でも、桜はまだつぼみです。
札幌の桜は、いつ咲くのかなー?

八戸で撮った桜の写真をアップしますね。

玄中寺と桜

わたしが、小学生のとき(わたしは、3歳から
18歳まで八戸にいました)通学路の
途中にあったお寺のさくら。
今これを書いていて思い出したけど、
わたしは、このお寺の桜が散る時が好きでした。
下校時に、ヒラヒラ落ちてくる桜の花びらを
両手を開いて、受けながら歩いたり、
桜の花びらで敷き詰められた上を歩くのが
楽しかったなー。


川辺のさくら

川辺をお散歩していたときに見つけた桜。
一本だけぽつんと、でも堂々と咲いていました。


水仙とわたしの影

水仙が群生していたところで撮った写真。
黒くなっている部分は、わたしの影です。
太陽を背にして撮ったので、
影の部分だけはっきりして、面白い写真だよね?




一人ぼっちでやらない学校役員

ふーちゃんからの投稿文です。

今ちょうど、小学校や中学校では、
PTA役員を決めることに
担任の先生達は必死になって
いるのではないでしょうか?

それとも、だいたいの役員が決まり、
落ち着いたところでしょうか?
うちの学校でも役員を決める時期で…
私はクラス役員になり、
みごと、学年委員長という大役を
引き受ける事になってしまいました。

「男気じゃんけん」で一番勝ってしまったのです。
これはどんなに嫌な事でも
一番勝った人がその役につき、
その後にいっさい愚痴を
言わないという方法だそうです。

クラス役員をひきうけた時も
イヤイヤ仕方なくのはずだったのですが、
不思議と学年委員長になった時には「最悪だ」
という気持ちはおこりませんでした。

自分なりにどうしてかなと考えてみました。
そこに来ていた12人の役員のお母さんたちは、
最初から誰がなっても
一人に重荷がかからないように
サブをつけたり、なるべく仕事は
みんなでやるようにしようと話をしていました。
事実、サブになったお母さんは
「委員会は、半分は私が出るよ」
と言ってくれました。

一人で委員長をやらなきゃいけないけど
一緒に応援してくれ、助けてくれる人達がいる。
委員長になって「最悪」と思わずに
済んだ理由はこれだったのだと思います。

「親の時間」に通う中で
「一人にはしない、仲間がいつもいると感じられる」
という事が大切で、そう思える事が
新しい事にチャレンジする勇気、
そしてやり遂げる自信に繋がるのが、
わかってきました。
今回の委員長の事で、改めてこの大切さを実感しました。
委員長は一人で務めるわけだけど、
一人でやらなくても良いのです。
一人で委員長を務め、一人でやらなければ
ならないのではありません。
この差はかなり大きいものなのだと感じました。

そして、私が感じた様に、
私の周りにいる人達にも
私が一緒に手伝ってあげられる
存在になれたら素敵だなと思っています。

こんな風に考えられる様になったのも、
聞き合う仲間がいて、冷静に自分を
見つめられる様になったからと感謝しています

ふーちゃん








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八戸もさむいよー

八戸にいます。
昨日は、八戸の「親の時間」クラスがありました。
久しぶりの人や、初めての人と会えて
すごくうれしかったです。

明日から3日間ワークショップで、
そのあと、ゆっくりして、
9日に札幌に戻ります。

八戸は、今桜が満開です。
でも、天気が悪くて、寒い。
わたしは、妹から長いダウンコートを借りて、
それを着て過ごしています。
八戸は少しあったかいと期待していたのに。。。。
寒くて、かなしい。

でも、気を取り直して
今から姉と、わたしがだーいすきな三沢の温泉に行ってきます。
またさくらの写真をどこかで撮って
帰ったら載せますねー。

プロフィール

わこ

Author:わこ
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