話してみて気づいたこと

みゆの原稿です

ここ数年間、同じ事の繰り返しの毎日に
退屈さや重苦しさを感じていました。

その理由は、この当たり前の平和な日常は
夫から与えられたもので、
私には何の力もないと考えていたからです。

そんな中、つい最近ですが、
聞き合う仲間にこの気持ちを打ち明け、
今の家庭は夫と共に築いて来たと気付きました。

私の思いや考えを口にしたからこそ
気付くことが出来たのです。

私は、幼い頃から自分の考えを
尊重されたことがほとんどありませんでしたから、
他人からの批判が恐くて、自分の思いを
口に出すのが今もって難しいのです。

けれども、聞いてもらわなければ
気付く機会すらないんですね。
信頼出来る「親の時間」の仲間になら
受け止めてもらえる、やっと
そう考えられるようになったのです。

みゆ
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還暦だよー

先週の土曜日、夏至の日に
わたし60歳になりました。
還暦です。

今までも一生懸命生きてきたけど
これからは、一日、一日をさらに
大切に、丁寧に生きていきたいと思っています。

還暦の衣装の赤いちゃんちゃんこの代わりに
わたしの大事な在日韓国人の友達が
赤いチョゴリを用意してくれました。

還暦4

初めてチョゴリを着て、すっごい嬉しいわたしです!

眠りについて−③

今回は、ともこの眠りについての3回目の原稿です。

眠りについて-③

不眠歴も7か月をすぎて、ベテランの仲間入り?
ができたかどうかはわかりませんが、
前回から、5,6時間眠れるようになっていたのに
最近は4時間以内となかなか安定しません。

でも、決して気持ちは暗くなく,
自分という人間と少しづつ
仲良くなれている気がします。
それも、聞き合うということが
生活の一部になっているからだと思います。

世の中の流れはとても速く、
そちらに合わせようとすると
どうしてもちゃんと眠るために
病院で薬を処方してもらわなければ
ならなくなってしまいます。

今まで、どれくらい自分の体調に注目することなく
求められることや、やらなければいけないと
思っていることを優先にしてきただろうと
振り返ることが多いです。

私は今以前と比べると、できることが
格段に減っていて、それでもくたびれて
週末に動けなくなってしまうこともあります。

そのような状況にありながら、
薬を飲もうと思わないのは
やはり体がSOSを出していると思うし、
そのSOSだしている自分の身体に
今度は耳を傾けてあげたいと思うからです。

そういう気持ちを持続させる為には、
私にとって聞き合うことが欠かせません。
正直しんどいときもありますが、
世の中のスピードや考えじゃなく、
今の自分に合わせて生きてやろうと
自分自身を励ましています。                       

ともこ

わたしが気づいたこと

今回は、広島の「親の時間」のきりんの文章です。

「親の時間」に参加するようになって、
話を聞いてもらえることが嬉しいと心から思いました。

私は、人に自分の気持ちを話すのが苦手です。
過去に苦い経験を何度もしました。
だから今は、会話をするときは、後悔のないよう、
言葉を慎重に選ぶことを心がけています。

相手に不快感を与えないように気を配っていますが、
それは自分が悪く思われるのが怖いから。
でも、人間関係なんてそんなもんだと思っていました。
ずっとしんどかったのだろうな。
そう感じていたことに気がついたのは、
「親の時間」がきっかけです。
きっと私は今までたくさん傷ついてきたのだと思います。
思い当たることもあれば、話を聞いてもらって
あらためて気づいたこともありました。

話をきいてもらう間、リスナーを通して
自分自身に話しているような感覚があります。
リスナーの力を借りて、自分で自分を癒そうとしてるのだという、
その感覚をとても心地良いと感じるのです。

でも本当は、親に癒してもらいたかったのかもしれません。

親は、私を大切に育ててくれましたが、
ありったけの負の感情を私にぶつけてくることも多かったです。
今思うと、無意識に娘に「リスナー」の
役割を求めていたのかもしれません。
今は、それがとても腹立たしいし不快だったと感じています。

私には息子が一人いますが、この感情を引き継いでしまわないだろうか。
私自身これから親との関係を作りなおしていけるだろうか。
このことに、ゆっくり取り組んで、考えたいと思います。

きりん

おとうさんに気持ちを伝えるよ!

今日は、東京の「親の時間」のなほちゃんの文章です。

「親の時間」に参加し始めて、
早いものでもう3年半。
今は小学校2年生になる娘について
悩んでいたことから始めて、
年月が経過するごとに悩みも変化していて、
その時その時で娘と自分と向き合って、
わたし、がんばってると思う。
その中で、なかなか劇的な変化は訪れない。
だけど、最近気付いたんだ!

「わたし、お父さんのこと好きになってる」って。

不器用で、口下手で、亭主関白で、
何を考えているかわからなくて・・・
口を開けば、「なぜ?」とムカつくことも多かった。

他のお父さんのことを、うらやましく
思っていたこともあったし、
思春期には、お父さんに対してずいぶんひどく
接してしまったこともあったなあ。
結婚してからも、子どもを産んでからもずっとそのまま。
だから、お父さんにこんな風に
温かい気持ちを持つなんて、思ってもみなかった。

「親の時間」では、日々の色々なことや
小さい頃の辛い気持ちを聴いてもらう。
お父さんに言われてイヤだったあんなことや、
されてイヤだったこんなことを、
仲間に聴いてもらってきた。
だからなんだね。
お父さんの気持ちについて、
考えることが出来るようになったのは。

「親の時間」の聴き合うという作業は、
自分の話を聴いてもらったら、次は相手の話を聴く。
もしかして、わたしが小さい時、それを
自分とお父さんとでもやっていたのかもしれない。
あの時のお父さんは、今の自分と同じで
一生懸命がんばっていた親で、
それをなかなか伝えることが
できなかっただけかもしれない。

去年の冬に、ふっと私に入ってきた病気で、
ちょっと途方に暮れた時があった。
今「大変だったよねー」って笑えることが、
その時は当然ながら思えなくて。

1歳になったばかりの息子を母がみてる間、
必然的に私の付き添いはお父さんだった。
病院内で車いすを押してくれたり、
入院した時には、わたしに娘を
会わせるために連れてきてくれたり。

ある時には、病院からの帰り道にお父さんの前で
おもいっきり泣かせてもらったこともあった。
今まで、なんとなく遠く感じていた
お父さんだったけど、とても近くに感じた。
その時の感謝の気持ちは、
言葉で伝えることはできたけれど、
今のこの気持ちを「父の日」にあやかって
伝えてみよう。(ちょっと遅くなったけど)

(近所の実家に)お父さんしか居ない日でも、
どうしているのかな?って家をのぞきたくなる気持ち。
(突然、1人で倒れていないか?の確認の意味もあり。)

自分のスタイルを変えずに、楽しいことに
アクティブなところがカッコイイなと思っている気持ち。
孫と遊ぶ姿に、幸せを感じている気持ち。
昔は嫌っててごめんねの気持ち。
いつもありがとうの気持ち。・・・
手紙にして、勇気を出して渡してみることにする!

「親の時間」は、「好きな人を増やすこと」だと思う
自分のことを、もっと認めてあげて、
もっと好きになってあげたい。
それが、私の目標。

東京クラスの仲間へ。
いつもありがとう。
これからも、よろしくね。

なほちゃん

ぶいちさん(高橋武市)の陽殖園

先週末、仕事で名寄市に行ったついでに
滝上町にある、高橋武市(ぶいち)さんの
陽殖園に行ってきました。

ぶいちさんがつくった案内略図の脇には、
「一人で造り続けている花園 創業満59年」
「花、蝶の舞、トンボ、昆虫、小鳥の歌声、セミの合唱」
「全体が森林浴コースとして楽しめる」
「道の風景を楽しめる花園」と書いてあります。
で、本当にその通りです。
「今日は、どんな花に出会えるか
楽しみにして来て下さい」とも書いてあるように
2週間毎に全く表情を変える花園でもあります。

自然が大好きで、花と木が大好きで、
自分で山を造ったり、池を造ったりして、
60年近くも経ったそうです。
何か、永遠の健康な少年という感じの男性です。
病気なんてしたことも
ないんだろうなーって思いました。
人間、ずっと自然の中で
やりたいことをして暮していたら、
こんなにも生き生きとしていられるのだろうね。
「陽殖園もまだまだ完成していないよ。
造りたいものがいっぱいあるんだ」
と、目をキラキラさせて話してくれました。

ちょうど、オレンジ色のつつじが
綺麗な時期だったのだけど、
ぶいちさんの所のつつじは、
アフリカの保護区にいる動物で、
町で咲いているつつじは、
動物園の動物みたいだなって、思いました。

機会があったら是非訪れて下さい。
ただし、中に入って30分以内で帰って来たら、
早すぎるからもう一度行くようにと言われるので、
少なくても1時間以上の余裕を持って行って下さいね。

ようしょく園


ようしょく園 2


よう殖園

娘からの愛情

まきちゃんの文章です。

先日体調を崩し寝込むことがありました。
日中も動かなくてもいいように、
いろいろなものを枕元において置きました。

そんなある日の午後、本を読んでいるうちに
眠ってしまったらしく、目が覚めると
もう、小学生の娘が帰る時間が過ぎていました。
でも、声もしないし、いる気配がないので
変だなと思っていると、いろいろ置いてある枕元の中に
京都のガイド本が、新しく置かれてあるのに気がつきました。
本には○○小学校図書館のシール(娘の通う学校)
が貼ってあり、娘が図書室から借りてきたらしいのです。

家にいた夫に聞くと、娘はカバンを置いて
友達と外に遊びに行ったとのことでした。
きっと私が寝ていたので、私が好きそうな本を
借りてきて置いていったのだなと思って、
帰った娘に聞くとやっぱりそうでした。

数日後も枕元に野鳥図鑑が置いてありました。
私がどんな本を読みたいのか、
学校の図書室で選んでいる娘の姿を想像したら
感激でたまらない気持ちになりました。

夜は背中の湿布をすすんで貼ってくれたり、
「今日の具合はどうなの?」と毎日聞いてくれて
「少しいいよ」と言うと、待ってましたと
ばかりに学校で作った工作を持ってきて
沢山説明してくれました。

具合が悪そうなときは、寝室のドアの外から
顔だけ出して私をじっと見ていました。

「愛されてるなぁ、私」とつくづく思いました。

私も、小さかったころ丈夫な母さんが
風邪をひいて寝込んだとき、
(これは大きくなってから母さんが嬉しかった話
としてよく話していたのですが)
「まきが、さっき熱を計ってから、
何分もたたないうちに体温計を持ってきて、
熱を計れって何回も催促をしてきかなかった。」
「何度はよくなったってこと?」
ってしつこかったらしいです。
「せっかくお父さんが店屋物のカツ丼を頼んだのに、
食べないでずっと私のそばから離れなかった」
とも言ってました。

お母さんって愛情をそそぐばかりじゃなく、
愛情もたくさんもらえるんだなぁと、再確認しました。

病気をして、ちょっと良かったと思いました。

まきちゃん

公平であること

みっちゃんの文章です。

今月、子供達が中学校に入って
初めての宿泊学習があります。

双子なので、共通の話題にこと欠かない二人は、
性別は違いますが姉弟であり、
親友であり、一番近い存在でもあります。

二人共、仲の良い子と同じ部屋になれることを願い、
毎晩、宿泊学習の話で盛り上がっていました。

それぞれの先生の考えで、部屋割の決め方も異なっていて、
片方の娘のクラスは、特に生徒の希望は聞かず
今の班のまま、ただ部屋の数より班が1つ多かった為、
その班だけが他の2つの班に分かれて、
人数調整をする様に言われたそうです。
その方法もジャンケンか、くじ引きで・・・という事でした。

もう片方の息子のクラスは、
先生が部屋割を子供達に任せてくれたそうです。

まず、部屋割りを決める代表を先生が2人選んで、
子供達を信じて、話し合いの時間を
1時間もうけてくれました。
その結果の責任は先生が全て持つと
励ましの言葉を添えて・・・。

何故か、娘の方は、そのばらばらに
分かれなければならない班に当たり、
息子の方は部屋割りを決める代表に選ばれました。

その日の朝、息子の方ははりきって、
女の子の方はドキドキしながら
登校してゆきました。

帰って来た二人に『どうだった?』と私が聞くと、
にっこり笑って『最高 !宿泊学習 
めっちゃ楽しみ』と答えました。
二人共、皆の希望を聞き、
一緒になりたい2人と3人の組を作り、
組合わせをして人数調整をしたそうです。

娘の方は、3つの班でそれを行い、
息子の方はクラス全員でそうしたそうです。

ただ息子のクラスは1班だけ人数が1人少ない班が
出来てしまい、クラスの皆に
『誰かその班に移っても良い人はいないか?』とたずねた処
ある子が『じゃあ、僕が移ってもイイよ、
僕はこっちの班でも、そっちの班でも楽しくやれるから』
と快く移ってくれたそうです。

子供ってすごいなあ~と思いました。

公正公平である事が、一番不満が
出ない事を良く知っているのです。
その後、息子の方の先生から
こうコメントがありました。

『宿泊の部屋割が決まりました。
今回担任としては、クラスにとって、
初めての試練かなあ~と思いながら
子供達に任せて見ていました。
みんな2割我慢して、8割楽しめる
部屋割りができたではないでしょうか。
非常に有意義な1時間だったと思います。

放課後、ある生徒に会った時に、
部屋はどう?と聞くと「大丈夫」と
にっこり笑っていました。

大人が子供を信じて、励ますと
子供は本来持っている力を
最大限に発揮します。
この先生もそれを良く知っているんだなあ~と
なんだかとても胸が熱くなりました。

先日、うつ病がテーマの
病の起源というTV番組を観ました。

アフリカ タンザニアのハッザという
太古の暮らしをしている人達は
うつ病と無縁だそうです。

皆で集めた食糧や獲物を、
わけ隔てなく100%平等に分け合い、
獲物をけっして独り占めしないそうです。

彼らの暮らしは極めて平等、
だから現代社会の人が持つ様な悩みが
ほとんど無いので、
うつ病にならないそうです。

朝起きたらそれだけで幸せ、
私は家族にとても価値のある人間ですよと、
とてもいい笑顔で話していました。

ここでも、公平平等である事の
大切さを考えさせられました。

みっちゃん

もっと自分に期待しよう!

ちほの原稿です。

最近、数キロ走ることを生活に取り入れている。
汗をかくのが気持ちいいし、
ちょっとずつ筋肉がつくのも面白い。

市民ランナーがとても増えているらしい。
大会もたくさんあるが、参加しようと思えない。
どうも私は無理だと思っているようだ。

そこそこは出来るけど、そこそこの人生、
自分はもっとできると、思えない感覚で生きてきた。
もっと言うと、自分に期待していなかったなぁと思う。

でも、小さい時はそうじゃなかったはず。
思い通りにならなくて、
出来ると思ってもできなくて
悔しがっていたはずだ。

娘はよくかんしゃくを起こした。
娘が1歳の頃、デパートの床で転げ回って、
私はどうしたものかと、困ってそばにいたが、
本人は思い通りにいかない気持ちを
身体中で表現していたのだろう。
成長した娘は、今もやりたいことには妥協しない。

私もとても小さい時は、あきらめていなかったんだろう。
成長していくにつれて、無理だと思っていったことがたくさんある。
バレーボールでレギュラーになりたい、
紅白リレーに出たい、友達ともっと仲良くなりたい…
自分には無理だけど大学進学や
海外進出もしたかったと思ってた気がする。

今はその時の悔しさを聞いてもらっている。
私は、もっと私に期待していいんだ。
バレーボールの選手や大学進学はたぶんしないけど、
今はしたいことを、思いきりやるのは出来るよね。
応援してくれて、励まし合える仲間がいるからね。

あきらめないで、でも自分のペースでやろうと思っているよ。

いつかフルマラソンにも参加する…かも?

ちほ

わたしは、お絵かきが好き!

今回のブログの原稿には、
「名前は載せずにお願いします。
文中は○○○にしてあるよ」
という、コメントがついていました。
だから、今回は匿名さんです。

久しぶりに長女とスペシャルタイムをとることができ、
「お絵かきして」と言われた時は意外な感じがした。
もっと大変なことを言われるのじゃないかとか、
娘が怒りだすのじゃないか、とか想像していたから。

『お絵かきして」は、今は13才の彼女が、
3~4才のころには毎日のように 言っていた言葉だった。
毎日のように彼女のためにお絵かきをした時期があった。
そのことを覚えているのかは聞いていないけれど、
私と過ごす時間に、お絵かきを選んだのは彼女らしいと思った。

聞きあいの中で「○○ちゃんは、○○○の絵が好きなんだよ」
とカウンセラー役に言ってもらって、たくさん泣けた。

子どものころ、母さんに自分の描いた絵をけなされて
悲しかったこと、自信をなくして、
だんだん絵を描けなくなったこと。
おばあちゃんが「○○○の絵はのびのびしていていい」
とほめてくれたこと。
描けなくなったことにも気づいてくれて
「もっとのびのびしたのを描いていたのにね」
と惜しそうに言っていたこと。
たくさん思い出した。

私は私の絵を好きでいてよかったし、
私のことを嫌いにならなくてもよかったのだ。
絵を描くのが好きな女の子だったのだ。
仲がよいとは言えなかったおばあちゃんが、
私のことをちゃんと見ていてくれたことに気づけて、
感謝の気持ちが沸いてきた。
おばあちゃんありがとう。

自分の子どもには好きなことを大事にしてほしいと
ずっと思ってきたし、好きなことを好きで
居続けられるように、じゃましたくないと思う。

好きなことを否定されると、
自分のことも嫌いになっちゃうんだね。

スペシャルタイムのおかげで、私も、
私自身を取り戻すチャンスをもらったよ。
ありがとう。
プロフィール

Author:わこ
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