不眠が治ったよ!

ともこの文章です。

不眠について③

昨年の11月から付き合ってきた不眠ですが
ここ1ヶ月眠れるようになっているので
治ったと思います。

きっかけは、夫が虫垂炎で、突然入院した
ことではないかと思います。
忙しいことが一度にあると、どっと疲れますよね。
本当に寝ないと体が持たないな、と思っているうちに
いつの間にか毎晩眠れていたという状況です。

最初は半信半疑。また眠れなくなるかもしれない
という心配で、喜ぶこともできませんでした。
しかし、眠れる状態が1ヶ月続いて、
やっと喜びをかみしめています。

夜、枕に頭を付けて目を閉じて、
次に目を開けたら、あたりは明るなっていて
「あー朝なんだ」と思うと、
嬉しくて涙が出そうになります。
毎日生まれ変わっているみたいな、
新しい気持ちになるんですよ。

結局、不眠の原因も、治った理由も
はっきりはわからないのですが、
「親の時間」の仲間や家族に助けられて
乗り超えることができました。

病院や薬に頼らないと決めたので、
自分の体のことも考えることができました。
薬に頼っていたら、大げさかもしれませんが
今感じている、生きている喜びは
感じることができなかったのではないかと思います。

もし、また眠れなくなることがあっても
次はリラックスして受け止められるかな、と思います。

ともこ
                                            
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触れ合うって大事

みっちゃんの文章です。

「男の子も女の子もお母さんとスキンシップしたい」

私には母親とのスキンシップの
記憶があまりありません。

友人から、
『私は高校生まで、母親のひざに座っていたよ』
という話を聞いて驚いた事がありました。

「親の時間」の仲間にその話をしたら、
羨ましくて泣けてきたのを覚えてます。

今は痩せて細い私の母ですが、
私が小さい頃は、豊満な胸の人でした。

「親の時間」の仲間に、母親の代わりにみたてて、
だっこしてもらうと、何故だか泣けてきました。
特に、以前の母のようなふっくらした体型の人に
抱きしめてもらうと、涙が止まらなくなりました。

子供達が小さい頃、私にべたべたと
くっついてくるのがとても不快でした。

下の二人は性別の違う双子です。

一人が私にくっつくと、もう一人も
必ずそばに寄ってきて、身動きが出来なくなり、
心の中では拷問されている様な気分になりました。

二人は現在、14歳になりますが、
今でも変わらず私にくっつてきます。

お腹や二の腕などを触られ、
クンクン匂いを嗅がれ「落ち着く~」
と癒やしグッツの様に扱われます。

二人共、私より身体が大きくなって、
ひとつの布団に入りきれないのに、
それでも無理やり入ってきて、
身動きがとれなくなります。

でも、今の私は、もうあの頃の様に
不快には感じなくなりました。
かえって何だか幸せだなあ~と感じます。

人は性別関係なく、幾つになっても
人とスキンシップしてたいんだと思います。

たぶん、お爺ちゃん、お婆ちゃんになっても
そうなんだと思います。

83歳の私の父は認知症で、顔を見に行くと、
いつも同じ椅子に腰かけて、
テレビをかけっぱなしにしています。
行く度に、髪の毛が薄くなった頭を
撫でてあげると、嬉しそうにじっとしています。

『男の子はメソメソ泣いたらカッコ悪い』とか、
『いつまでも赤ちゃんみたいに
ベタベタしていると変だ』と言われ
大きくなるとスキンシップから遠ざけられますが、
そう言わないで育てると、女の子と同じなんです。
人と触れ合う事で、安心したり、
元気になれたりするのです。

みっちゃん

おねしょを叱らない

八戸のみどの文章です。

お盆がおわりました。
お盆中、実家にとまったのですが、
天候不良もあり、娘は2回、
息子は1回おねしょをしました。

深夜もしくは朝方に、
子供の「濡れてる~うえ~ん」という声で、
ぐっすり眠っているところを起こされることほど、
私にとって不機嫌になることはありません
ねぼけながらも、触ってみると、、、
確かに濡れています。。。

かつての私は、
「もう、なんでおねしょするのよ。
おしっこしたくなったら、
起こしてっていってるじゃない?
だれが悪いの?ごめんなさいは?」
と、言っていました。

子供たちはわるくないよね。
わざとおねしょしているわけじゃないし。

「親の時間」に参加するようにになり、
私の話を聞いてもらえるようになってから、
私は、変わりました。

「あら~でちゃったのね。
あなたは全然悪くないよ。
だから、大丈夫。悪いのは、
勝手に出てきたおしっこだよね。
こら~おしっこ、なんで、
勝手に出てきたんだ!
ここに出てきちゃだめだよ~。」
と、子供と一緒におしっこに語りかけます。

子供たちは、笑顔です。

おねしょの後始末は、子どもと一緒にします。
それは、子供のせいにしていたときも、
子供のせいにしなくなった今も変わりません。

おねしょを責められて、
悲しくなってしまう気持ちが
よくわかるのは、私自身でした。

私は小学生になっても、
おねしょをしていました。
そのことで、いつもいつも
周りの大人に責められました。
でも、母親は、ちょっとちがっていました。
おねしょの回数が多いので、
そのうち、怒らずに始末を
するようになっていたのです。
だから、母にはおねしょを怒られて
つらかった記憶はあまりありません。

子供のとき、お盆におばあちゃんの家に泊まって、
叔母に言われたことや叔父に怒られたことは、
とてもとても辛い記憶として残っています。

「だって、私はわるくないもん。
勝手におしっこが出てくるんだもん。
私は、わざとやっていないから、
そんなに怒らないでよ」
いつも、そう言いたい気持ちでしたが、
実際は、何も言えませんでした。

そんな体験があっても、
自分が母になり、おねしょをされたら
子供のせいにしていました。

でも、今は、自分が子供の時を思い出して、
どんな風に考えていたか、わかるようになったので、
子供を叱ることがなくなったのです。

「親の時間」で、自分の気持ちを
聞いてもらうことって、本当に必要!

最後に、お盆2度目のおねしょをした娘ですが、
2度目は、おねしょをしたことに全く触れずに、
謝らずに、「ママ、着替えは?」と、
クールに話していました。
私は、「それでいいよ。」と、
うれしくなりました。

「親の時間」で、話の聞き合いをして、
どんどん楽に子育てができる人が
増えたらいいなと思っています。

みど

家族揃っての夏休み

まきちゃんの原稿です

今、こどもたちは夏休みです。
「親の時間」もクラスがないので
のんびり毎日すごしています。

8月の初めに阿寒湖に二泊三日、
家族4人で行ってきました。
天気は、小雨が降ったり
止んだりの空模様でしたが、
久しぶりに4人が揃うので、
行く前から私は楽しみでした。

阿寒湖までの車中は、
4人で沢山話ができました。
小学3年生の娘の隣は、
いつもなら私の指定席なのに
この日は「お姉ちゃん」が座りました。
お互い嬉しそうにたくさん話をしていました。

高速を走っている途中、
私がお腹が痛くなり、
高速を降りてトイレを探す
ハプニングもありましたが、
無事、阿寒に到着しました。

阿寒では、アイヌコタンで
人形劇を見たり、お土産屋さんを見たり、
夜には遊覧船に乗ったりして
のんびり過ごしました。

温泉にも沢山入り、展望露天風呂は
湖と森が一望できて気持ちがとても良かったです。
朝もやの湖は静かで、不思議な昔話が
始まりそうなくらい、幻想的でした。

娘が大学に行ってから、
話をすることも少なくなり、
娘は、親といるよりも友達と
いる時間のほうが長くなりましが、
今回長い時間一緒にいることが
できて本当に嬉しかったです。
こどもが成長し、どんどん自分の
世界が広がって、毎日楽しく過ごしているのは
私も嬉しく思うけど、一緒に居る時間が
少ないのは寂しいものです。

なので、この3日間を良い時間に
しようと結構自分自身、努力をしていました。
でも、私だけではなく、「最後まで楽しい時間にしたい」
という気持ちが、みんなの中にあるのが
感じられた二泊三日の旅でした。

最後に、アイヌコタンで食べた
「ポッチェ」と言うアイヌの人たちが
保存食にしていた食べ物が
美味しかったので紹介します。

じゃがいもをつぶして穀物と混ぜ、
だんごにして発酵させた物らしいです。
それを焼いて食べます。
ほんのり甘く、良く噛むほど美味しく、
また食べたくなります。
行く機会があったら是非食べてみてください。


まきちゃん ブログ

まきちゃん より

将来のわたしに期待してるよ

ちほからです。

先日、友達の娘と遊びました。
私の友達の中で一番若い3才の女の子、Kちゃん。

Kちゃんと一緒に遊んでいると、
彼女の自由な発想に考えさせられ、
いろんなことに気付きます。

ひらがなが読めるKちゃんは、
カタカナにも興味があります。
「これ何て読むの?」「これは?」
知りたいことがいっぱいで、
たくさん質問してきて、どんどん吸収していくようです。

次は体を使って遊びます。
Kちゃんは高い布団の山を、
何度もチャレンジして登ります。
私はそばで応援しています。
登頂成功を喜びあった後、
「逆立ちってどうやるの?」と質問してきました。

私がやってみせると、
Kちゃんも逆立ちに挑戦です。
何回もやってみますが、
なかなか難しいようです。
「できないな~」と言った後、
Kちゃんは言いました。
「5才になったらできるよ!」と。
できるのが楽しみ!という顔で話してくれました。

私は、Kちゃんのその言葉にとても感激しました。

知らないことは、知りたいから質問するし、
やりたいことは、どんどん挑戦する。
今はできなくても、きっといつかできるようになると信じている。
あきらめは全くないし、できないとも思っていない。

私自身は、大人になるにつれて、
あきらめてきたものがあるけれど、
私も子どもの頃は、Kちゃんのように
思っていたはずなのです。

年をとると、状況や体や考え方は変わっていくけど、
これからできるようになることもたくさんある。

今はできないけど、来年になったらできることがあるかな?
50才の時、60才の時、70才の時、80才の時、
90才には何がしたくて何が出来るようになってるかな?

将来の私に期待するのが、とてもワクワクすることなんだって、
Kちゃんが思い出させてくれました。

もちろんできないって気持ちが湧いてきたら、
それを「親の時間」の仲間に聞いてもらいながら、
やりたいことにチャレンジしていくよ!

ちほ

罪悪感は混乱を生む

こっちゃんからです。

ゲームとのつきあい方

小学5年の息子にゲームを初めて買ったのが5年前です。
それからゲームとどう付き合ったらいいか、
ずっと悩んできました。
極力ゲームをしてもらいたくない私と、
少しでも長くやりたがる彼との戦いです。

最初の頃は、私が完全に時間を管理し、
彼にそれを押しつけていました。
何かが違うなぁ、、、と今度は、
彼に完全に任せてみました。
それはそれで、色んな弊害が出てきます。
「適宜関わる」のがいいとはわかっていても、
その適宜がどの程度かわからないのです。
本当に混乱でした。

最近はもっぱら彼のペースで進んでいて、
話しあうにも「ママは僕の言うこと全部ダメって言う!」
と言われてしまうと、罪悪感でいっぱいに
なってしまいもうダメでした。
彼が小さかった頃、余裕がない私は
ひたすら彼を押さえつけてきたからです。

夏休みに入り、ゲームとのつきあい方
について再び話し合いました。
ちょっと覚悟を決めて、罪悪感に負けず
「ダメなのもはダメ」と言い続けてみました。
「やだ!やだ!ママの言うこと全部ヤダ!!!」と、
ものすごい反抗がしばらくの間続きました。
(もしかしたら、ヤダって言いたいだけかもしれない、、、)
としばらく聞き続けていたら、それまでの頑なさが
嘘のように彼が柔軟な意見を言い始めました。

結果お互い納得のいくルールを決めることができ、
現在実行中です!ここまで来るのに、長かった、、、
罪悪感って、ほんとうに混乱を生むのだなぁ、、、と、
今ひしひし感じています。

こっちゃん

抗がん剤治療に関して考えたこと

としみの文章です。

衝撃的な記事を目にしました。

今年5月にWHOの総会で、
抗がん剤の毒害を認めたため、
今後癌の治療に抗がん剤を使用しない方向性を示した。
日本の医療機関には7月に通達されていて、
在庫が無くなり次第実施されることになる。・・・と言うものです。
(http://k2o.co.jp 新井信介「京の風」)

この記事にどれほどの信憑性があるかは
わかりませんが、私は看護師として働いてきた経験上、
抗がん剤の毒性を見てきました。

後に、自分の子どもが白血病になり
抗がん剤を使うことになって、
その毒性を更に痛感することになりました。

私は娘を10数年前に白血病で亡くしています。
(過去のブログにも何度か載せていますので、
見てもらえると経過がわかると思います)
娘が白血病になった時、医師から
抗がん剤の必要性を説明されました。
私は、看護師をしていた経験から
抗がん剤で髪が抜ける、吐き気や嘔吐、
粘膜障害、免疫力の低下
などの症状がでる事を知っていました。
それらの症状が重篤になれば、
命を失う可能性があることも知っていました。
だから、「抗がん剤治療が必要だ、
治療しなければ死ぬ」と医者に言われても、
すぐには承諾する気持ちにはなれませんでした。
しかし、娘は他の方法や病院を探す時間も
無いほど状態が良くありませんでした。

私は、抗がん剤に対し不安をもったまま、
考えないようにして医師に従うことにしました。
それしか方法がなかったのです。
でも、本当に苦しかったし、
信じていない治療をするのは、怖かったです。

その後娘は、5年間に6回の再発を繰り返し、
その度に同じ抗がん剤の治療と
激しい副作用に耐え続けました。
医者からは、「再発は抗がん剤の問題ではなく、
娘自身の問題だ」と説明されました。

でも、私は抗がん剤が効かないのにも関わらず、
副作用が強すぎて、娘の身体が衰弱し、
薬に対応しきれなかったと、今でも思っています。
結果、娘は余命宣告を受けて亡くなりました。

考えずに医師に従うこと・・・この私の行動は、
その時の状況を考えれば、やむを得なかったことであり、
責められることではありません。
現在の医療事情の中では、
私だけでなく私の母も、そして殆どの人が
医師の決めた治療に従わされることになっています。

私も子どもの頃、病気ばかりしていました。
生後3カ月で扁桃腺炎、
熱が出たら病院で注射。
喘息発作が出たら吸入。
原因不明の頭痛が起きて、
検査で何時間も痛いのを我慢する。
母も医者に従い、娘の私にそのような
治療方法を強要せざるを得なかったし、
それが治る近道だと信じていました。

母もまた私が娘に感じたように
自分自身が原因で娘が病気になったと、
自信を無くしていたのかもしれません。

私は、自分ではどうにか出来る年齢ではなかったので
されるがまま、従うしかありませんでした。
「元気になる為」
「身体が弱いから仕方がないのよ」
そう言われて、私が悪いのだと思わされてきました。

娘が白血病になった時、医師任せにせず
免疫力や健康な細胞まで弱らせてしまう
方法でなく、本来持っている身体の力
(自然治癒力)が発揮できる方法を
知る限り試してやりたかったです。
娘には、抗がん剤よりもその方が治る
可能性があったと思っています。

私の身体の訴えが聞けるのは、私しかいません。
でも、子どもの頃のように、
病気の自分を責めたりしては、
自分の身体の声さえも聞こえなくなり、
どうしたらいいかわからなくなります。
自分が悪いと思ったら、自分の考えに
自信が持てず結局、他の人に
任せることになってしまいます。

まだ、私は時々自分や自分の身体を責めてしまいます。
大切な自分と身体を責めるのは辛いです。
だから、何を話しても私のことを
絶対責めたりしない仲間に、
辛さを聞いてもらうことで、
自分の身体の声を聞ける人に
なりたいと思っています。

としみ


自分のことを責めずにいられるようになったら、
子どものことも責めずに、そして辛くならずに
話を聞くことが、できるようになると思うよ。

そうしたら、柔軟に物事が考えられるようになって、
他の人をも責めずに、自分の考えや決断を
伝えることができるようになるよね。

わこ

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Author:わこ
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