お気に入りの絵

最近、パソコンの待ち受け画面に入れて、
毎日見ては、幸せな気持ちになっている絵があります。

わたしのもうすぐ4歳になるお友達、
はるちゃんの絵です。

はるちゃんの絵

そしてこれがはるちゃんがもっと小さい時に書いた絵です。
右横の♥も、いいよねー。

はるちゃんの絵の2


みなさんにも、はるちゃんの絵からにじみ出ている
なんとも言えないほのぼの感をお裾分けします。

わこ



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来年のわたしが楽しみです!

ともこからです。

「やりたい事」

10月に札幌マラソンでハーフを走って完走しましたよ。

小学生の頃は走るのが大嫌いで、運動会の前日は
本気でてるてる坊主を逆さに吊るしたものでした。

しかし、3年前から水泳を始めて
すごく楽しくなってしまって
もっと肺活量を増やすには?と考えて
最初はほんの15分走るのから
だんだんと時間と距離を伸ばしていき、
とうとう今年の目標だったハーフを走りきりました。

私にとっては革命的な出来事です。

あんなに嫌いだった事が、今では
やりたい事として取り組んでいるんです。

来年はフルマラソンに挑戦を考えています。

最初は完走できない かもしれない。
でも、それがどんな世界なのか、覗いてみたい。
そんな好奇心が、私を引っ張ってくれています。

来年の自分が楽しみでなりません。 

ともこ

ともこ

泣くことの大切さ

みっちゃんからです。

先日、父が行方不明になりました。

散歩に出たまま帰って来ないのを
心配した母が、私の家をたずねて来て、
母と手分けして40分位近所を探しました。

足が悪い父は、そんなに長く歩けず、
いつもは家の周りを一周して5分位で帰宅します。

あっちこっち探しまわり、
結局、私のマンションの上の階に
住んでいる人の家に居ました。

父は私に逢うために、私のマンションまでは
来れたのですが、階数を間違え、
一階上の部屋へお邪魔してしまった様なのです。

そこには、88歳のお婆ちゃんが
一人暮らしをしており、普段は
ディーサービスに行って居ないのですが
その日はたまたま祭日だったので、
在宅していたとのことでした。

ひとりで寂しく家に居た所に、
父が訪ねて行ったので、喜んで
迎い入れてくれた様です。

以前の父親なら、初対面の知らない人の家に
上がり込んだりしないのに・・・と思いましたが、
多分二人で仲良くお茶飲みしていたのでしょう。

お婆ちゃんは「来てくれて嬉しくて、嬉しくて」と、
父親は「人間は顔を見ればいい人かわかるんだよ」と、
お互い子どもの様な顔をしていました。

何事も無くて良かったと、
母と私は胸をなでおろしました。

そんなことがあって、暫くしてから
私は何だか泣きたくなりました。

仕事をしていても、紅葉を見ても涙が落ちそうになります。

母の替わりに父親と一緒にいる時には、
家で父親が覚えている懐メロの歌を
流している事が多いのですが
その日は、たまたま一緒にTVをみていて、
父親と同年代の菅原洋一が
『忘れな草をあなた』を熱唱していました。
父親は嬉しそうに一緒に鼻歌を歌っていましたが、
その横で私は涙が止まらなくなりました。

  別れても別れても 心の奥に
  いつまでも いつまでも
  憶(おぼ)えておいてほしいから
  幸せ祈る言葉にかえて
  忘れな草をあなたに あなたに


  いつの世もいつの世も 別れる人と
  会う人の 会う人の
  運命(さだめ)は常にあるものを
  ただ泣きぬれて浜辺に摘んだ
  忘れな草をあなたに あなたに


「親の時間」の仲間に話を聞いてもらい、
私は、幼い頃からずっと父親の幸せを
祈ってきたのだと気づきました。

そして、思いっきり泣いたら、
本当にすっきりしました。

人が老いるという事を、頭では理解していても、
なかなか心がついていけなかったのです。

感情を吐き出したら、その翌日から
また落ち着いた気分で暮らせる様になりました。

久しぶりに泣く事の大切さを感じました。

みっちゃん

娘の学園祭に行って思ったこと

まきちゃんからです。

「10代のころ」

先日、大学2年生の娘の学園祭に
初めて家族で行って来ました。

行く数日前から、私が一方的に
娘に対して腹を立てていて、
口をきいていなかったので
少し気まずい気持ちで行きました。

娘はその日、大学のサークル活動の
バンドのライブに出演すると
夫から聞いていました。
そのために、連日夜遅くまで
練習していたのは、私も知っていました。

私が娘の歌を聴くのは、娘が高校生の時以来で、
今回バンドのボーカルということもあり、
娘に対し、気持ちにわだかまりはあるものの、
今か今かと会場の席を陣取って待っていました。

待っている間、たまたま控え室から
出てきた娘と会った時、
私が来たことに少し意外そうでしたが、
「まだもうちょっとかかるよ(自分の出番まで)、
直前になったらメールする?」と、
素っ気ないどころか、
逆に嬉しそうに私に話して、
控え室に戻っていきました。

私は10代のころ、
自分が自信をもってやっていることや
夢中になっていることは、
親が特に知らなくてもいいと思っていました。
親に見せたいとも思っていませんでした。

親が知ると、とやかく口を出すからではなく、
親は私に関心がないからと思っていました。

私の両親がまず大事なのは「仕事」。
娘が何をやっているかには興味がなく、
「とにかく元気で、人に迷惑をかけるな、
親を泣かすことをするな」が、
私に対する親の望みと思っていました。

でも、私自身も中学生の時,
参観のお知らせの手紙を
日が過ぎてから親に見せたり、
せっかく都合をつけて参観に来た母に
「何で来たの?別に来なくてよかったのに」
と言ってしまったりと、
関心を持ってもらいたいのに、
それを素直に口に出せず
反対のことをしていました。

小学校の低学年のころは
毎年夏休みになると、
母が会社に嘘をついて
一日だけ休みをもらい、
近所の海に二人で海水浴に
行くのが楽しみで、行く前の日は、
泣きたくなるくらい嬉しくて
家にじっとしていられないほどでした。
素直に嬉しいことを表現している私を見て
「そんなに嬉しいのかい」と
母も笑っていたのを思い出します。

高学年になり、一人でできることも増え
友達といるほうが楽しく、
世界がうんと広がっていくのと同時に、
親との距離が微妙に変化していったように思います。

私から距離を置いたのかわかりませんが、
親から一方的に「もう安心」と思われた感じがします。

正直言って、10代の頃の私にとって、
親がどう接してくれたら「自分に関心がない」と
私が思うことがなかったのか
今でもはっきりわかりません。
でも、寂しかったのは確かです。
思い出すだけで心が切なくなります。

あの日参観に来た母に
「お母さんが来てくれて、嬉しい!」と
中学生の私に言わせてあげたいです。

あっけらかんと笑顔で控え室に戻って行った娘。
ライブではたくさんの友達が見ている中、
思いっきり歌っていました。

大学生の娘が夢中になっている世界を
少しだけのぞかせてもらって、
とても、とても良かったです。

まきちゃん
プロフィール

Author:わこ
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