囚われていた考えからの解放

今回は、匿名さんからです。

先週、「親の時間」の仲間と
聞き合う時間を持った時、
そこで私は、うれしい大きな気付きがありました。

それは、たとえ父と私がそっくりでも
同じ人生を歩むとは限らないということです。

他の人が聞いたら、当たり前のことかもしれませんが、
私にとって、それは大きな恐怖でした。

私は、父のような人にはなりたくなかったのです。

でも、子どもの時に、何かにつけ母から
「お父さんとそっくり」と言われていたので
父と私を同一視していた部分がありました。

私は暴力を振るう父のことを
好きではありませんでしたが、
母のことは大好きでした。

だから母の「おとうさん、そっくり」という言葉が、
深く心に突き刺さっていました。

今考えると、母も父に対して嫌悪感を持っていて
その感情を父に対して向けるのが恐くて、
子どもの私にむけていたのだと思います。

でも、長い間、私は母の言うことを正しいと
思い込んでいました。

このことに関しては、先週初めて
聞いてもらったのではなく
「親の時間」を始めて、
クラスの仲間に信頼感が
少しずつ芽生え、クラスの場所を
安全に感じ始めてから、
何回も取り組んだテーマではありました。

でも、何回聞いてもらっても何か
すっきりしない気持ちが残っていた題材でした。

今回、その積み重ねがあったからこそ、
先週わたしの話しを聴いてくれた
聞き手が「あなたと、お父さんは全く違うよ」
とはっきり否定してくれた言葉が
やっと心の奥に届いたのだと思います。

そして、その聞き手と私は長い時間をかけて
お互い深い信頼関係を築いてきたことも
大きな理由だと思います。

今までずっと囚われていた考えから
やっと解放された私は、
改めて、こみあげて来るうれしさを
感じながら家路に着きました。
 
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うまく泣かせてあげられた日

青森の、のんからです。

毎日の晩御飯の用意の時間。
以前は、母親の私がいないとダメだったのに、
2才の息子と6才の娘は、仲良く遊んで
待っていてくれるようになった。

今日もキャキャキャ、くすくす、
ばたばたばたん!と賑やかな音を立てている。

しばらくすると、ケンカが始まった様子。
以前なら、晩ご飯の準備を中断して、
ケンカはしてはいけないと、止めていたと思う。

ケンカだってしていいんだよね。
と思えるようになってからは止めない。
余計な介入はしない。

姉に負けた弟が、泣きにやってきた。

コンニャクを切るのを待ってもらってから、
息子の目線に合わせて、彼に温かい注目を送る。

息子は、少し泣いては少し私を見る。
そしてまた泣く。痛かった。
叩かれて痛かった。びっくりした。
何度も何度も私が息子をちゃんと見ているか、
どんな表情なのかを確認しては、安心して泣く。

5分泣いていたかな?10分くらい?
しばらく泣いたら、深いため息。

「遊んでくる」
そう言って戻って行った。
娘も少しバツが悪そうにしながら、
弟をまた迎えてくれた。

毎日こんな風にうまくいくわけじゃない。
でも、うまく泣かせてあげられた日は、
ごはんがおいしいく出来ている気がするし、
夫の帰りが楽しみになる。

のん

頑張れ私!

ともこからです。

先月、双子の子どもたちが成人式を迎えました。
「親の時間」を始めて15年。
様々な思いとともに、子どもたちと過ごしてきました。
今だに子どもたちの行動に葛藤する事が多く、
聞き合う題材に困る事はありません。

でも、いつでもはっきりしているのは、
子どもたちとの関係に、どんなに葛藤したり、
噛み合ないと感じたりしていても、
この子たちの幸せを願ってやまない
自分が常にいることです。

そして振り返ってみて、自分の親も
そうだったのかもしれないという事と
今の自分の人生は、その幸せを願われた人生の
延長上にあるんだという事に気がつきました。

だとしたら、否定的に捉えた過去に
とらわれて生きるより
自分は何をどう生きたかったのか、
どう幸せになりたいのか、
真剣に考えたいと思うようになりました.

その結果、子どもの頃、あんなに不得意で
大嫌いだった運動をやってみようと思い出し、
今はそれが楽しくて、私に前向きな気持ちと
自信をもたせてくれました。

まだまだ、自分で気がついていない
未知の自分がいるのかもしれない。

本当にワクワクします。

私、5月のフルマラソンにエントリーしました.
昨年の12月に仕事を変わって
なかなか練習時間の確保が難しく
完走できるかは正直わかりません、

でも、今できる事をやってその日を迎えたいと思っています。

次回のブログに結果も書きたいと思います。

ともこ

お知らせです!

27日芽室町で講演会と「親の時間」体験クラスを
行います。以前クラスに参加していて、
今は帯広に住んでいる仲間も参加してくれるそうです。

昨日、担当の芽室町の教育委員会の方にも
会う事ができました。
気持ちがほんわかする雰囲気の、
かわいい人で、二人してにこにこと
打ち合わせをしました。

以下詳細です。

もし、芽室町の近くに住んでいる人たちがいたら
是非お知らせしてあげて下さい。

北海道芽室町 講演会「子育て泣きたいときは泣いちゃおう!」
   
   日 程: 2016年2月27日 (土曜日)
   時 間: 13:30~15:05   
   場 所: 芽室町中央公民館3階視聴覚室
   対象者: 子育て中の親及び子育て支援関係者 
   参加費: 無料 (2月24日まで)
   託 児: 無料 2月18日までに申込みください
   申込み: 芽室町教育委員会社会教育課
     電話 0155-62-9730  FAX 0155-62-7037

北海道芽室町 体験クラス
「こどもの話しの聞き方教室」
~ 子どもとうまくコミュニケーションをとるには ~

   日 程: 2016年2月27日 (土曜日)
   時 間: 15:20~16:30   
   場 所: 芽室町中央公民館3階視聴覚室
   対象者: 子育て中の親及び子育て支援関係者 
   参加費: 無料 定員20名 (2月24日まで)
   託 児: 無料 2月18日までにお申込みください
   申込み: 芽室町教育委員会社会教育課
     電話 0155-62-9730  FAX 0155-62-7037

孤独じゃない子育ては楽しい

みっちゃんからです。

先日、子供たちの幼い頃の
アルバムを見る機会があり、
色々な事を懐かしく思い出しました。

アルバムの中の私の両親は、
とても若く、お兄ちゃんは小学生で、
下の二人はまだ赤ちゃんでした。

子供達が成長していくアルバムを
一枚づつめくりながら、
私がその頃どんな事を考え、
感じていたかも一緒に思い出したら、
ジワーっと涙がにじんできました。

双子の妊娠に頭が真っ白になったこと、
切迫早産で、妊娠中はほとんど外出できなかったこと、
二人を保育園に預けて仕事に通ったこと、
お兄ちゃんが思春期の時に
些細なことでケンカして、お尻を叩いたら
同じ様に叩きかえされたこと。

今はすべて笑い話で、
懐かしい思い出ですが、
その時期の私は、
毎日が必死だった様に思います。

疲れながら、孤独を感じながら、
親として充分出来ていないと悩みながら・・・。

アルバムを一枚、一枚とめくりながら、
「親の時間」の皆の顔も思い浮かびます。

同じ母親として、同じ様な思いをかかえ、
お互いの気持ちを聞き合い、
支えあって子育てをしてきた仲間です。

子供たちが大きくなった今、
その頃が楽しかったと思えるのは、
「親の時間」の仲間がそばに
居てくれたお陰だと感じています。

私の子供達は家族と、「親の時間」の
仲間に育てられ成長して、
今があるのだと思っています。

本当に心から感謝します。

子育ては、支えてくれる人が
多ければ多いほど楽しく、
幸せを感じられる仕事なのだと思います。

みっちゃん

触れ合うこと

まきちゃんからです。

つい最近、私が子どもの頃、
母がふいに私のおでこに
自分のおでこをくっつけて
「あれっ、熱があるんじゃない?」と
額で熱のあるなしを判断していたことを
思い出しました。
たいてい母の「おでこ体温計」は当たっていて、
「お母さんてすごいな」と思っていました。

このことを思い出してから、
冬、布団の中で母の足の間に
私の足を挟んで温めてくれたこと。

外で遊んで家に帰ったとき、
寒さでかじかんだ私の手を
母が自分の両手で包んで「寒かったでしょう」と
温めてくれたこと。

寝しなに見た怖いテレビ番組が
いつまでも忘れられず眠れない時に
手をつないで寝てくれたことなど、
いろいろ思い出しました。

父が会社に行く前に、
喘息で寝込んでいる私の部屋に
そっと入ってきて、
私の額に手を置いてから出かけたことは、
その時イヤダと思っていた父の
やさしい側面が見えた思い出として
ずっと憶えています。

何気ない肌の触れ合いで、
親からの愛情を感じることができました。

でも、悲しいことに
親に「叩かれた」思い出も沢山あります。

最近も幼い命が親の暴力で
絶たれてしまったニュースがありました。

私も長女を叩いていた親のひとりです。

親の心のありようで、子どもに触れる
手や足や体が「愛情」を伝えるのか
「恐怖」を伝えるのかが変わってしまいます。

日々暮らしていると、「やさしい人」で
いられない時が沢山あります。
でも、「本当はやさしい」を基本に、
誰かに話を聞いてもらうと
こんがらかった気持ちがほどけてきます。
「親の時間」に参加して
これは本当だと確信しています。
「人はみんなやさしい」
でも、そうなれない理由があるのだと。

「親の時間」では聞きあう時間の時に、
互いに手を取り合って話を聞きあいます。
(相手の承諾を得てですが)

手を繋ぐというだけで
いろんな気持ちがわいてきます。

子どもの頃は何の抵抗もなくできていたのに、
大人になると簡単にいかないことに気がついたり、
その人によっていろんな感情が出てくると思います。

でも話すことに慣れると、
自分の気持ちを話す時、
この「手を取り合う」ことは
とても安心で心地の良いものです。

と、このブログを書いている
私の膝に猫がいて、
お互いの温かさを感じています。

いろいろなことから
「触れ合う」ことを考えた数日でした。

まきちゃん

おとなになっていく娘もかわいい

ちほからです。

私の娘は春に19歳になります。
自分のしたいことがあって、
娘は15歳から私たち家族と別の町に住んでいます。

私は娘のやりたいことを応援したいし、
どんな人生を送るか見守りたいと思っています。
そんな中、この前ふと娘の成長に
涙が出てきてしまいました。

小さい頃から自己主張の強い子どもで、
そのことを正直可愛いと思えない時もありました。

私は年子で子どもを出産したので、
忙しくて余裕がなくなる時には
「早く大きくなってくれたら楽なのに」
と何度思ったか知れません。

でも現在、時々帰省して家でのんびりしている娘の姿に
「ずいぶん大きくなって。大人になっていくんだな」
という感慨深さと、どんどん自分の道を歩んでいくことへの
さみしい気持ちがわいてくるのでした。

同時に、子育てに余裕がなくて、小さな娘を可愛いと
思えなかったことが辛かったし、残念だった
という気持ちも思い出します。

「大きく生きていってほしい。
でも大人にならないで」
言葉にすると笑っちゃうのですが、
そんな気持ちが交錯するのです。

いろんな感情がわいた後、私はあらためて
今の娘が本当に愛しい人だと気づきました。
大人になっていく娘もただただ可愛いと思えるのです。

物理的に手をかけることはほとんどなくなった今、
一緒にいられる喜びを感じながら
娘とかかわれたらいいなと思っています。

次に会える時にはどんな娘が見られるのかとても楽しみです。

ちほ
プロフィール

わこ

Author:わこ
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