お知らせ

29日から、埼玉でカウンセリングの
研修があるので、そのリーダーをするために、
今日から東京に行きます。

同時期に同じ場所で、35歳以下の人たちの研修もあり、
その研修に参加するケニアからの二人を
迎えにいくためもあり、わたしは少し早く東京入りします。

研修は1日で終わるのですが、
ケニアからの二人は、3日に帰るので、
一緒に東京観光する予定です。
二人とも日本は初めてなので、
日本の文化とか、建物を説明しながら、
一緒に散策できるのが、とっても楽しみです。

で、その後は、わたしもタイでお世話になった
わたしの妹の友達と合流して、
妹の住んでいる青森県の階上町に行きます。

タイの人に桜を見てほしかったのだけど、
青森県の桜は多分もう終わっているかも。。。。。

札幌の桜は、咲き始めてきましたよ。

というわけで、ブログは連休明けまで
しばらくお休みになります。

みんなも、楽しい連休を過ごして下さい。


ここまで、書いて自転車でラジオ体操に行ってきました。
ラジオ体操をやっている北海道神宮がある円山公園は、
桜と梅がきれいなのです。

神社の境内は、いろいろな出店の用意がしてあって、
連休中のお花見客を待っている感じでした。
(もちろん、朝早いのでお店はやってはいませんでしたが。。)

梅がきれいだったので写真撮りました。

2016梅1


2016 梅2

札幌はお天気も良くて、気持ちの良い朝です!


スポンサーサイト

おばあちゃんになっても続けます!

広島可部のどらちゃんの原稿です。

「それでは、一年間よろしくお願いします。」
新学期直前の木曜日、担当のN先生にあいさつをして、
今年も小学校図書ボランティアの活動が始まりました。
友人のMさんと始めたこの活動も、今年で16年目。
何度かメンバーが入れ替わり、
今年は復帰のメンバーを入れて4名です。
週に一度、午前中だけの活動で、
仕事や、介護や家事の合間での参加です。

最初は、絵本の読み聞かせと
図書室の本の整理と修理くらいだった活動も、
図書の展示コーナーや掲示板の掲示物の作成、
購入図書の選書や平和学習のお手伝い、
授業で使う図書の用意etc・・・と、
どんどん増えていきました。
メンバーの参加が少ない日が続くと、
追いつかず、家に持って帰ることもしばしばでした。

私が始めた手前、なるべく休まないようにと
頑張ってきたけれど、そろそろしんどくなってきました。

でも、家族の急な病気や用事で、当日の朝
急に出られなくなるメンバーもいるし、
ここは必ず毎回出られる人間がいないと、
という気持ちでがんばってきました。

これまでも、やめていくメンバーが、
申し訳なさそうにするのを
「大丈夫。一人になっても頑張るから」
「頑張って続けるから、絶対帰って来てね、待ってるから」
と言い続けてきた私がいます。

職場も人数が減って休みがとりにくくなっているし、
んー、どうしよう・・・もし一人も出られないとなると、
読み聞かせがお休みになる。
毎回「今日は何読むの?」と待っててくれる
子ども達をがっかりさせるのはなぁ。

そんな時、メンバーからの天の声。

「ねえ、出来ることは出来る、
出来ないことは出来ないで、気楽にやりましょう。
ボランティアなんだし。無理したって続かないんだから」

「わたしね、八十になっても、九十になっても、
身体が動く限り、杖を突きつきでもここに来たいの。
先生から『危ないからもう来ないでください』って言われるまでね。
だって、子ども達が私の元気の源だから。
ここで、子ども達にエネルギーを貰えるから、
わたし頑張れるのよ。だから、無理は止めましょう。細く長くよ」

「そうですね、そうしましょう。」
私はその声に、ほっとして、肩の力が抜けました。

別のメンバーも「わたしもおんなじ。
おばあちゃんになっても子ども達に会いに来たいから。
ゆっくりやりましょうね。無職になったから、
毎週出られるからね。みんなで頑張りましょう」
と言ってくれました。

そうね、みんなで。
一年間よろしくね。さあ、何から始めましょう。

どらちゃん


大きな恐怖から気づいたこと

今回は匿名さんです。

先日、あることをきっかけに
ひどい恐怖心にさいなまれました。

その恐怖心は日常生活に支障を感じるほどで、
それは一週間もつづきました。
一週間、わたしは毎日仲間に話を聞いてもらいました。

その恐怖は現在のわたしをとりまく
ある状況に関するものだったのですが、
ポイントがそこにはないことがわかっていました。

それは、わたしが幼少期に感じたものが
形を変えて再現された恐怖でした。

いまのわたしは、幼少期の恐怖とは無縁の場所にいます。
また、恐怖に対処できる年齢にもなっています。
そうしたことが頭ではわかっていても、
信じがたいほどの恐怖心はつづきました。

それは、自分の中にこれほどのエネルギーを
かかえていたということに驚くような体験でした。
聞きあう仲間のいなかった幼少期の自分自身が
このような感情をもってよく生きてこれたものだなあ、
と自分自身に感心さえしました。

その恐怖は、わたしの父に起因するものでした。

わたしの父は感情のままに怒鳴り声をあげるような人で、
家族はみな父に振り回されていました。
わたしが怒鳴られるとき、母がわたしと父の
あいだに入ってくれることもありましたが、
母も父が怖かったのだと思います。
守ってもらえるという安心感はありませんでした。

父に怒鳴られるたびに、わたしは
「家から追い出される」と思いました。
母も自己保身のために、わたしを
捨てるのではないか、と感じていました。

このエピソードを仲間に聞いてもらっているうちに、
わたしは何かがおかしい、と感じ始めました。

父はわたしを実際に家から閉め出したり、
そのように脅したりすることはありませんでした。
ではなぜ当時のわたしは「怒鳴られて怖い」
ではなくて「追い出される」と感じていたのか?

そう考えたとき、気がついたことがあります。
「家から追い出される恐怖」を持っていたのは
父のほうだったのではないか、と。

わたしの父は両親の離婚によって、年の離れた
兄弟や親戚のあいだをたらい回しにされ、
苦労して育った人だと聞いたことがあります。

いつ追い出されるかわからない恐怖にさいなまれながら
少年時代を過ごしたのは父だったのです。
そんなことを幼少当時のわたしは知りませんでした。
知ったのは成人になってからのことです。
ですが、父の恐怖を読み取り、
自らの恐怖として感じていたのだと思います。
言葉を介さなくても、良い感情も悪い感情も
伝わってしまうものだとあらため実感しました。

「親の時間」を続けてきて、
信頼して話しを聞き合うことのできる仲間と
安心できる場所の存在を実感できる状態にあったからこそ、
心の奥底に押し込められていた感情が
開放されたのだと思います。

とても怖い思いをしましたが、
自分の中に恐怖と向き合う力も存在すること、
また、それを取り戻すことが
できるのだということは、
わたしにとって大きな発見でした。

これで決してわたしの恐れが
すべて解決したとも、克服したとも思いません。
これからもきっと様々な恐怖を感じることでしょう。
けれども、いまの自分は、幼かったころとは異なり
問題に立ち向かう力を持っており、
また、助けてくれる人もいます。
ですから、きっと、「恐怖を感じることがあったとしても
なんとかなるのかも」と思えるようになっています。

『痛い!」を聴いてもらうと。。。

今日は、わたしの原稿です。

こどもが、走って、ころんだら
「いたい!」と大声をあげて泣きます。

たいていのおとなは、
「ころんだぐらいで泣いてはいけない」とか
「泣いても痛みがとれるわけではない」
と子どもの時に言われてきていて
自分でもそれを信じているし、
「人前で泣くのは恥ずかしいこと」
と認識しているので、
「いたい」と言って泣いているこどもに
寄り添って聞くことがなかなかできません。

でも、泣くことが、身体の痛みを取るのに
とても有効だと、知っているおとなは
こどもの傍に寄り添って、
ただ泣くのを聞いていると
こどもは、痛かったのが嘘だったかのように、
また走り出します。

『また転んだら痛いから、走るのはやめよう』
とは、思わないようなのです。
『多分、また転んだら泣こう』
とは、思っているかもしれませんが。

おとなは、こどもの真似をしようと思っても
転んだぐらいではなかなか泣けません。
ます、痛いし、恥ずかしいから
ころばないようにしようと気をつけます。

でも、いつかただ「イタイ」と言って泣く、
こどもの真似をしてみたいと
思っていたわたしに、良いチャンスが訪れました。

今もって、何が原因だったのか不明なのですが、
先日急に歯が痛くなり、
あまりの痛さに眠れなくなってしまいました。
ただ、急激な痛みには波があって、
痛みが和らぐときには、ウトウトできます。
けれど、拷問のような急激な痛みが引くことはなく、
その晩はほとんど眠ることができませんでした。
わたしは、鎮痛剤を使わないことにしているので、
家に常備もしていません。
でも、その日はさすがに、
痛み止めって必要かも。。
と少し思ってしまいました。

やっと外が明るくなったので、
起きてみたら、寝ている時のような
痛みは少しだけ薄らいだので、
まずは、「親の時間」のクラスをやってから
歯の対策をしようと、決めました。

そして、朝のクラスの中、
他の人の話しを聴いている時や、
わたしが、クラスのリーダーとして
話している時は、痛みをごまかすことが
できるのですが、
わたしがクライアントになって
話しを聴いてもらう番になると、
痛みははげしくなるのです。

わたしは、クラスの中で
クライアントになった時合計20分間
ただ、「歯がイタイ、痛い、いたい」
とだけ言って、カウンセラー役の人に
聞いてもらいました。

夜中に一人で痛みを感じていた時と、
誰かの温かい注目があって痛みを感じるのとでは、
感じ方が全く違いました。

一人で痛みを感じていると、いろいろな
不安感が押し寄せ、とても孤独になったのですが、
目の前に人がいて、優しく見守ってくれると
安心して(?)痛みだけを発散できるのです。

そうしたら、不思議なことに
本当に痛みがとても緩和されたのです。

その日、歯の痛みはどんどん薄らいでいき、
夕方には全く感じなくなっていました。
その夜は、本当にぐっすり眠ることができました。

まだまだ、小さなこどもの様に
「また痛くなったら、イタイって泣けるから大丈夫」
と、かんたんに思えないおとなのわたしですが、
何か、とても大切な経験をしたように思います。

わこ





息子の挑戦から学んだこと

としみからです。

13歳になる私の息子Yは、今年初めて
スノーボード大回転競技に出場しました。

大会の話を貰った時に、
彼は即決で出場を決めたのですが、
時間がたつにつれて、色々な気持ちが
湧いてきたのか「やっぱり出場しない」
と言い始めたのです。

私は滑るのは彼だから、
彼が決めたらいいと思い、
申込みは保留していました。

大会申し込み締め切りの数日前、
私はもう一度彼の意思を
確認してみようと思いました。

もともとの彼は、物怖じせずに
何にでもチャレンジしては、
家族を驚かせてきたからです。

彼は、言葉数は少ないものの、
出場したい気持ちと、
自信がない気持ちがある
ことを話してくれました。

私は「ほんの少しでも
やりたい気持ちがあったら、
やってみてもいいんじゃない?」
と言ってみました。

その私の言葉を聞いた後、
彼は出場を決めました。

当日、彼は最後まで
滑り切ることが出来ました。
自己タイムも縮める事が出来ました。

大会を終え、日焼けと興奮で
真っ赤になった顔に、とっても
素敵な笑顔を浮かべて
彼は戻って来ました。

そして「どうだった?」
の私の問いかけに
「楽しかった~!」と
満足そうに答えてくれました。

彼の姿を通して、私も初めてのワクワクや
ドキドキを思い出しました。

これまでの私なら、
「若いっていいな、私にはもう無理だわ」
と言っていたでしょう。

でも今の私は、自分でも
ちょっと驚いていますが
「私も何かにチャレンジしたい」
と思っているのです。

たぶん彼に影響されたのもあるけれど、
仲間にいろいろなことを聞いてもらえることで
良い励ましをもらっているから
私も子どものころに持っていた
本来の力を取り戻したのだろうと思います。

としみ

ただ、泣きたいの

のんちゃんからです。

年末くらいから好きだったテレビ番組も
なぜかあまり見る気がしなくなり、
目が疲れやすくなってきたからか
あんなに好きだった本を読む気もしなくなり、
夢中になっていた仕事のための勉強も
あまりやる気がおこらなくなりました。

子供たちにもあまり手がかからなくなり、
日常も順調に流れているのに
なぜか寂しさや悲しさや孤独感が混じったような、
何とも言えない苦しい不快な感情が
どんどんわいてくるように
なってしまいました。

何か出来事が起きているわけでもないのに
苦しい嫌な感情がわいてくるのを
感じることに、始めはとても混乱しました。

深い部分に押し込めて、
自分からも隠しておいていた
感情の蓋が空きっぱなしになって
あふれてしまったようでした。

子育ての忙しさや、日常の大変さ、
目の前の面白いことで
ずっとごまかしておけたことが、
とうとう隠しておけなく
なったような感じがしました。

でも、何度かただただツライ、寂しい、
苦しいと、「親の時間」の仲間に
聞いてもらって泣いたら、
ずいぶん軽くなりました。

そしてそのうちに、これはきっと
母のお腹にいたときに感じていた感情かなとか、
一歳半で妹が生まれてから感じていた
気持ちだったかもと思うようになりました。

「ただ泣きたいの」と言って
泣きたい気落ちを聞いてもらえる
場所があるって本当にいいことです。

過去に誰にも聞いてもらえないまま
しまってきたさびしい気持ちを、
誰かが「今一緒にいるよ」って
言って聞いてくれる場所があるって、
本当にうれしいことです。

安心して感じれれる今だから、
やっとこういう感情が
出てきたのかなと思います。

のんちゃん

今年の東京の桜

今年はやめようかなぁと、思ったりもしたのだけど
やっぱり気になって、やっぱり見に行ってきました。

今年の東京の桜です!!

自由が丘桜並木

自由が丘



ガラスに映った桜

ガラスに映った桜 (自由が丘)




浄真寺

浄真寺 (九品仏)




駒沢公園

駒沢公園


駒沢公園2

駒沢公園2




目黒川

目黒川(朝早く自転車で行ったのだけど、帰り大雨になってずぶ濡れでした)




千鳥ケ淵

千鳥ケ淵



仲の良い親子

こっちゃんからです。

今年の春から、上の子が中学生になります。
ホッと一息、子育てひと区切りです。

小さいころから無口だった彼が、
ここ最近は、家でとても話をするようになりました。
学校での出来事や、心に浮かんだ何気ないこと、
勉強での発見や、好きな音楽のこと。
とにかくたくさん話して聞かせてくれます。
たまに取るに足らないことを言って
ひとりで笑ったりしています。
随分とリラックスしてるんだなぁ、、、と思い、
その姿がとても微笑ましく、愛しく思えて、
わたしもニコニコと、彼の話を聞いています。

私が子どもの頃は、こんな風に家でリラックスして
父や母と話すことなどありませんでした。
私の周りにいた大人が信用できず、
いつも殻にこもっていたように思います。

ずっと私は、仲の良い親子に憧れていました。
今、やっと近づけたかな?
これからも、息子ともっと仲良くなりたいし、
たくさんおしゃべりしたいです。

S、毎日、ありがとう。
これからもよろしくね。

こっちゃん

続きを読む

プロフィール

わこ

Author:わこ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR