わたしは生きている!

わたしは、今日から7月最後の研修参加のため
オーストラリアのシドニーに行きます。
研修の後、長年行きたかったタスマニアを
観光して来ようと思っています。
なので、またしばらくブログはお休みになりそうです。
ごめんなさい。
わこ

それでは以下、暑い、暑い広島の可部に住んでる
あっこさんからの原稿です。

毎日のしなくてはならないと
思っていることで疲れます。

いろんな心配が頭に、
胸にいっぱいに広がって疲れます。

もしかして、これは私が
抱える問題でないかもしれないと
気づいてはいるのですが、
母として、嫁として、妻としての
プレッシャーを、知らず知らずの
うちに自分でかけているようです。

いやになります・・・。

我が家の南側一面に、テラスという
洒落たものではないのですが、
屋根をかけています。
おかげで、フェンスと屋根の鉄骨に
園芸用の網をかけることができ、
ゴーヤを植えるとほぼ一面の
緑のカーテンになります。

そうですね、高さ3m、幅6mと
いったところでしょうか。
今は、緑も鮮やかな葉が茂り、
黄色い小さな花が咲き、
何本もゴーヤの実がぶら下がっています。

リビングの窓から眺めると、
陽の光を受けてとても美しいです。
風が吹くと葉が揺れ、
木漏れ日もまた、揺れます。
蜂が飛んできては蜜を吸っています。

ボーッと眺めていると、
なんだかすごく気持ちが落ち着くのです。
きれいだなあ・・・。
すごい生命力だよねえ・・・。
虫たちも生きているよねえ・・・。
と、いつものザワザワした心が
徐々に消えていくのを感じます。
心の中の空間が広がっていく感じです。
緑に触れて安心するのは、
昔、昔人類の祖先も森の中に
生きていたからかなあ。
なんてふと思います。

大丈夫! 私は生きてる。
子ども達も生きてる。
夫も生きてる。

毎朝、ゴーヤのカーテンを眺めて、
自分の気持ちを確認して、
一日を過ごそうと思います。

あっこさん
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富士山に登ったよ!パート2

昨日、ちほが富士山のことを書いてくれましたが、
実は、わたしも富士山に登りました。

今年の5月に、富士登山の練習のため
家の近所の藻岩山に登りました。
5月の藻岩山はまだ所々に雪があり、
下山するときぬかるみで滑って、
左膝を痛めてしまいました。

その後、山登りは当然無理で、
歩いたり、胡座をかいたりするのも大変でした。
でも、整骨院に行ったり、
膝に負担にならない自転車に乗ったり、
ピラティスをやったり。
膝を労りながらも、膝が痛くない運動もやって、
少しずつ回復しました。

なので、今回は頂上まで登ることは考えずに
7合目までならという気持ちで
富士山登山のワークショップに参加しました。

このワークショップは、カウンセリングも
交えながら行うというユニークな登山です。

一日目は、新宿から朝一番のバスに乗って
9時に富士山5合目に到着。10時に登山開始。

富士山 登る前

5合目で登る前に撮った写真です。
(わたし、笑っているけど不安そう)

5合目がすでに標高2300mなのだけど、
あんまり実感もなく、なんとか7合目まで着きました。
思ったよりも大変じゃなくて、全然もっと登れそう。

けれど、それからがものすごく大変でした。
わたしたちの宿泊予定の山小屋は8.5合目にあります。

7.5合目ぐらいから、頭はくらくらしてくるし、
痛くなるしで、いわゆる高山病にかかってしまいました。

でも、これはカウンセリングも交えての登山です。
なので、絶対一人にならないで登るので、
痛さ、辛さを聞いてくれる人が傍にいてくれました。
「痛い、痛い、もう嫌だ」と泣くこと3分。
嘘じゃなく、本当に痛みが消えました。
そしたら、また歩ける様にもなって、
岩場は、チェーンをつかんだり、
四つん這いになって登りました。

その時に撮った写真がこれです。

富士山 わたし


辛くなっては、聞いてもらって乗り越え、
また登り出す。を何度が繰り返し、
やっと、やっと、夕方7時に山小屋到着です。

途中、何度か休憩したけれど、
9時間、登り続けでした。

うなぎの寝床そのものという感じの
山小屋の寝袋の中で
2時間ぐらい眠れたのかなぁ?
夜中の2時に起きて、ご来光を
見る為に2時半出発。

この道程、登山者が着けている
ヘッドライトが富士山の頂上を目ざし、
前にも後ろにも波を作ってつながっていて、
空には無数の星がきらめいて、
とても美しく、感動的でした。

そして、4時過ぎに頂上に到着!!

気持ちにも体力にも全く余裕がなく、
写真も全然撮れなかったのだけど、
唯一わたしが自ら撮った、ご来光です。

御来光


それからみんなで記念写真。

富士山登った後

「親の時間」のいっこから借りた防寒着と手袋、
まきちゃんから借りたリュック、
としみから借りたストック、
そしてピラティスの生徒さんから借りたヘッドライト、
みんな一緒に登れました!

頂上からの下山の6時間も
なかなか大変だったけど、
登れた喜びがあったので、
帰りはあんまり辛くなかったです。

一緒に登った仲間の励ましと
同じことを目指すという調和が
大きな力になったけれど、
わたしの、62歳の身体と心、
すごく良くやった!!

これからは、富士山の絵や写真を見る度に
わたし、あの山のてっぺんにいたんだなーって
シミジミとしちゃいそうです。

富士山に登ったよ!

ちほからです。

富士山に登りました!
もともと単独峰の山らしいたたずまいが大好きで、
いつか登りたいなぁと思っていたのが
こんなに早く実現しました。

山道は思っていた以上に砂利に足を取られたり、
岩に食らい付いて登らなければならなかったり、
酸素が薄くなって心拍数が上がったり…
1日のうちで20℃以上の気温差の中を
2日もかけて登るのです。

登りながら何でこんなに大変なことをしてるんだろう?
と思ったりもしましたが、一緒に登る仲間がいて、
気持ちの上でもひとりにならないことで
きつい状況も乗り越えられたのだと思います。

困難を乗り越える時には、
いつも支えてくれる人たちがいました。

がんの手術をしてからもう少しで5年になります。
ちょっと前の私は「どうしたら再発しないで
細く長く生きられるか?」と考えていました。

富士山に登ってみて、次はは
どんなチャレンジをしようかと考えています。

雲海から太陽が昇ってくるまでの
さまざまな色合いをみせてくれた空。
火山のエネルギーが感じられる岩、噴火口。
闇の中に続いて行くヘッドランプの
行列とゆっくりと消えた流れ星。
一緒に登った仲間の苦しい顔や笑った顔。
この光景は一生忘れないと思います。

ちほ

犬のこと

匿名さんからです。

とある事情で、ときどき犬を
あずかることがあります。

私も夫も犬は大好きですが、
10~15年生きる犬のお世話を
毎日つづけることはたいへんで、
無責任に飼うことはできません。

少しだけ飼い主気分を
味わうことができるため、
望んであずからせていただいています。

子どもたちは、とくに犬が好き
というわけではありませんが、
家に犬がいると明るくなります。

ある日、預かっているその犬に
ガンが見つかりました。
手術はしたものの末期で、
余命わずかの宣告を受けたとのことです。
術後の傷をかかえ、血便や血尿を
出す姿がとても痛々しく、
でも、愛きょうをふりまきながら
懸命に生きようとしている姿を見ると、
せつなさを感じます。

私は子ども時代に2匹の犬とお別れをしました。
母はそもそも動物が苦手でしたし
私や兄がほしいと言ったわけでもありません。
どちらも父が飼うことを決めた犬です。

1匹は、しつけのきびしい父から
逃げた際に事故に遭い、それがもとで
1歳にもならない子犬のうちに亡くなりました。

2匹目は、何年ものあいだ
ろくに手当もせぬまま皮膚病を放置し、
10歳にならずに亡くなりました。

私はいまだに無責任な飼い方をした
父のことを恨んでいます。
何もしてあげられなかった
自分を悔やんでいます。

もっとも、その感情は私自身が抱えた
問題に由来するのでしょう。

当の犬たちは、自分をこのような目に
遭わせた父に対して恨む様子もなく、
最期まで私たち家族を見たら
うれしそうな顔をしていました。

犬たちはシンプルで賢明な生き物です。

広く知られている、作者不明のこんな詩があります。

 子供が生まれたら犬を飼いなさい。
 子供が赤ん坊の時、
 子供の良き守り手となるでしょう。
 子供が幼年期の時、
 子供の良き遊び相手となるでしょう。
 子供が少年期の時、
 子供の良き理解者となるでしょう。
 そして子供が青年になった時、
 自らの死をもって子供に
 命の尊さを教えるでしょう。

私はこの詩を思い出すたびに
いつも涙ぐんでしまうのですが、
彼らの素直さや生き方からは
多くのことを教えられる気がします。

わたしの身体は悪くない!

ごめんなさい。
ちょっと長い間お休みしてしまいました。

としみからです。

病気がちだった私は、
ずっと長い間、自分の身体に
罪悪感をもっていました。
だから、病気にならないように
いつも頑張って来ました。

そうしているうちにいつしか、
健康になることが、幸せの
物差しになってしまいました。

健康になる為になんだってしてきたし、
自分の持てる全エネルギーを使って来ました。
でも、幸せにはならなかったし、
最愛の娘を病気で亡くすという
とても辛い体験もしました。

今私は幸せを感じています。
だからと言って、健康かといえば
膵臓と胆嚢に石があるし、
両膝は怪我の後遺症で
痛むことも時々あります。
決して健康とは言い難い状態です。

では何故幸せなのか?
それは、健康になることと
幸せは関係がないことを
思い出したからだと思います。

私と違って、病気に対して
罪悪感がない我が家の子ども達は、
病気であることが、
何一つ自分の人生の
障がいには感じていないのです。

問題なのは病気ではなく、
罪悪感なのです。

風邪をひく度に責められ、
怪我をすると叱られ、
病気で入院したときには悲しまれ・・・
この経験の繰り返しによって
自分の身体は悪いといった
イメージを植え付けられてしまったのです。

罪悪感があると、自分の身体を
大切には思えなくなります。
責めたくなります。

優しくすれば身体は応えてくれますし、
仲良く付き合ってゆくことも
私自身のことだから出来ることなのです。

これからは、私の身体と一緒に
今まで以上に人生を楽しむことができそうです。

としみ

お知らせ

7月のわたしは、珍しくとても忙しいです。

というのは、今月泊まりがけのカウンセリング研修が
4つもあります。

で、今日から東京に行って、
二つ研修を受け、13日に戻りますが、
14日から17日まで北海道での
研修があります。

そしてその後、28日から31日までの
研修に参加する為、26日から
オーストラリアに行きます。

なので、ブログも少しお休みしてしまうかもです。

でも、オーストラリアから帰って来たら
夏休みです!

関東から南では猛暑が続いているようですが、
北海道は今のところとても涼しいです。

今日、暑い東京に行くのが少し恐い。

では、では、行ってきまーす。






こどもたちの成長をじゃましないために

のんちゃんからです。

息子が中学生になったころ、
「あー、昔みたいに滑り台見ても
すごくワクワクしなくなっちゃったなー」
とちょっと残念そうに言ったことがあった。

それを聞いて、滑り台が
好きだった子どもたちの
小さかった時のことを
とても懐かしく、思い出した。

近所の公園はもとより、
わざわざ遠出して遠くの
滑り台にもたくさん行ったし、
車の中からも変わった滑り台を見つけると、
「ちょっと遊んでいく?」と
子どもたちによく聞いていた。

その時の子どもたちのキラキラした
嬉しそうな表情を見ることと、
すごい勢いで滑り台に駆け寄っていく
小さな後ろ姿を見ることがとても好きだった。

息子の言葉を聞いて「それが成長ってもんだよ」
と思いつつも、ワクワクしてたものに
あまりワクワクしなくなる寂しさは
私もわかるなーと思った。

私も小さいとき滑り台がとても好きで、
ものすごくワクワクしていた。

子どもたちが、滑り台に
駆けていく姿を見ることで、
私も一緒にもう一度自分が
小さかった時のすごい
ワクワクした気持ちを
味合わせてもらえていたのかもしれない。

大きくなった子どもたちは
もう滑り台ではなく、
それぞれ夢中になることを見つけている。

それでも私は、今でも時々公園に
面白そうな滑り台を見つけると、
子どもたちが喜んだかもなーと
ちょっぴり切ないような気持ちになることがある。

子どもたちが滑り台で喜んでいたころ、
私は体調が悪くていつも体がだるく、
一緒に心から楽しめないことが多かった。

子どもたちの楽しそうな姿を見ることは
うれしかったけれど、体がつらくて
暗い気持ちでいることが多かったように思う。

今なら一緒に遊べるのにな、
心から楽しめる余裕ががあるのにな、
とも思うからかもしれない。

成長を喜ぶ気持ちと、
どんどん大人になっていって
ちょっと寂しいよーという気持ち、
あのころもっと一緒に楽しみたかったよ
と残念に思う気持ち。

「親の時間」をやってから、
些細なことでも、なんか
もやもやすることには、
いろんな気持ちが隠れてるとわかって、
知らんふりして素通りしないで
感じてみようと思うことが増えた。

いっぱい聞いてもらって、
子供たちの成長を邪魔しないで
応援したいと思っている。

のんちゃん

わたしが決める

こっちゃんからです。

好きなことをする。
好きなものを選ぶ。
好きなように生きる。

最近特に意識していること。

家族と暮らしていると、
何も考えずに子どもや夫の意見を
優先しているときがある。

意識していないと流されてしまう
ことがあるから、一度立ち止まって、
考えるようにしている。

わたしは、どうしたい?
わたしは、どっちがいい?

たとえどんなに些細なことでも。

意見がわかれて話し合うこともあるし、
家族の意見を優先することもある。

どちらにしても、私が決めたことであれば納得できる。

こっちゃん
プロフィール

Author:わこ
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