母の決断を応援する

ちほからです。

久しぶりに実家の母と電話で話した。
母は大きな決断をしたことを
私に伝えてくれた。

長年つきあってきた病気の、
現在の治療に関して、父と担当医師に
「この治療は辛いからしない」
とはっきり伝えたそうだ。

母は副作用の強いその治療を
心から辛いとは言えなかった。
母の具合が悪いと、心配する父と
強い副作用があるものの治療効果は
でていると説明する医師に
自分の気持ちを言えずに我慢していたのだ 。

私たち三人姉妹を産み、
自分の夫の両親と同世帯で生活し、
教師として働いた母。
40代前半で病気が見つかり、
治療と仕事と子育てをしていたが、
体調のこともあり、早めの退職をした。
99歳まで生きた義父を介護し、
穏やかな生活が始まると思ったところに
また病気の再発。治療を継続している。

現在は自分の趣味や
ちょっとしたボランティア活動、
簡単な家事や食事作りを
休息をとりながらやっていると言う。

母は「今ささやかでも、出来ていることが
自分にとって大事なことだから、
それが薬の副作用で出来なくなることは本当に辛い。
それが出来なくなるなら(治療をやめて)
命が削られてももう充分かなと思うんだ」と言った。

結果今の治療はやめるものの、
今より弱い薬を試してみることにはしたそうだ。
もし、辛い副作用が出るならやめようと思っていると 。

私は母には生きていてほしい。出来たら長く。
でも、母が望まない治療を苦しみ
我慢し続けるのには賛成しない。

私は母に「お父さんとお医者さんによく言ったね。
もうお母さんが 決めたいようにやっていいよ。
お父さんは心配するけど、
もう気にしないでやっていいよ 」と言った。

人は一人では生きていけないけど、
周りの人を思い、自分の考えを
置き去りにしてしまうことがよくある。
母親というものは、特にその傾向が強いように思う。
自分より誰かの考えを優先してしまう。
自分の言動や健康までも
優先出来なくなってしまうのは
恐ろしいことなのだが、
本当にそういうことが
たくさん起きてしまうのだ。

「誰にも言ってなかったけど
ちほには話しやすくて、つい話しちゃうね」
用事のためにかけた電話で、
ついでのようにしか自分の大事なことを
話せない慎み深い母を、
もどかしく思う一方で
心から愛しく思った。

いいたいことが言えなかったのは
母のせいではない。社会の女性らしさ、
母親らしさ、妻らしさを求める
プレッシャーが自分を
優先出来なくさせているのだ。

母親というのは素晴らしい存在だ。
でも、優しさや思いやりや愛情を
自分自身のために使うことをうまくできない、
とても難しい存在だともつくづく思う。

母は生きることに向き合って
自分の生き方は自分で決めると決断した。
母の強い意志を私は誇らしく思い、
心から応援しようと思う。

ちほ
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