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母のような漬け物ができるといいな

まきちゃんからです。

私の住む札幌では10月中旬になると、
近所のスーパーや近郊の道の駅に
漬け物用の野菜が店頭に並びます。
そして、家のベランダや軒下では
漬け物用の大根が綺麗に紐で
ぶら下げられた風景を
あちらこちらで見られます。
毎年見るこの風景は、
「あぁ、もうすぐ雪が降るなぁ」と、
冬の訪れを知らせてくれるものでもあります。

そして、もういない母のことも思い出します。
私の母は漬け物を漬けるのが上手でした。
実家に住んでいたころは、毎年母に
漬物の材料の買い出しに市場へ連れて行かれ、
買った物を持たされました。
今思えば、ここで野菜の品定めを
する目を養えた様な気がします。
そして、一升樽三つ分の漬け物の野菜を
配達してもらう手続きをして買物は終了です。

母はニシン漬け、白菜漬け、酒粕漬けの
三つを良く漬けていましたが、
私が手伝うのは、ニシン漬けでした。
私はこの漬け物のニシンが大好物で、
前日に米のとぎ汁で浸す身欠きニシンの量は
母の計らいで大量で上等な物でした。
漬ける当日は、台所に青いビニールシートを敷いて
麹をお湯に浸している間に野菜を切って、
種類ごとにボールに入れ、樽を囲むように
野菜が入ったボールを並べて準備します。

私の出番はここからです。
塩が入った小さなボールを手に持って、
母に「はい、次塩入れて」と言われたら
塩を一掴みして樽に振り入れます。
この役目を母はかなり重要だと
私に言いました。私の一掴みは
ちょうどいい塩の量だそうです。
私をやる気にさせるその言葉で、
はりきって手伝った記憶があります。
そして、樽の一番底に塩を振り入れ
野菜を順番に重ねて全部入れたら、
ベランダに母と二人がかりで出します。
最後に、引っ越しが多かった我が家では、
その都度夫婦喧嘩の種になる、
どこかの海岸で拾った大きな石を乗せます。
父が「こんな石っころすてていけ!」と
引っ越す度に言うのに対し、
「こんな良い石は滅多にないから捨てない!」と
母が言いはり口喧嘩になるのです。
結局のところ、母が亡くなるまで
我が家のベランダにその石はありました。

私の母は料理が苦手だったと思います。
凝った料理や手間のかかる料理を
作ってくれた記憶がありません。
高校の時のお弁当は、友達の前で開けると、
何だか「負けた」気がするお弁当で、
「もう作らなくて良いから」と
母に言ってから食べていません。

今思うと母に申し訳ない
気持ちでいっぱいになります。
でも、漬け物は本当に美味しかったのです。
ゆずの皮を入れた白菜漬けや、
酒粕の利いた粕漬、年ごとに母の
オリジナルも加わり、冬においしく
漬かった野菜を食べれたのは母のおかげです。

母が亡くなってからあの石も、
長年使った木の樽も処分してしまいました。
漬け物も市販の物を食べていました。

でも、数年前から私も自分で漬けるようになりました。
母と一緒に作った、思い出深い漬け物が
また食べたくなったのです。

今年はニシン漬けと始めて沢庵を作りました。
母の漬け物のように美味しくできていれば良いなと、
数か月後を楽しみにしています。

まきちゃん
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