タイで起こったこと

タイでのことを3ヶ月毎に「親の時間」のメンバーに
配布している、「わこからの手紙」に載せました。

それを、このブログにも掲載します。
(ブログは最後に写真もつけました)


タイでは、最終日だけバンコクに1泊しましたが、
他はずっとRayong県のKaochamaoという、
小さな村の果樹園に滞在しました。

友人の夫婦(ノックとマイ)で経営している
果樹園の夫(マイ)が尊敬している人は、
自然農法の創始者とも言われている
福岡正信さんというだけあって、
果樹園はなるだけ自然農法にそって栽培され、
もちろん全て無農薬です。

安全な南国の果物を毎日食べ放題という
恵まれた環境で過ごしてきました。

いろいろな鳥の声で目が覚め、
小さな湖の上に建っている壁のない
オープンキッチンダイニングで、
穫りたての野菜を使った朝ご飯と、いろいろな果物
(わたしのお気に入りは、マンゴスチンでした)
を食べる毎日でした。

夜になると、あっちこっちから
これもわたしのお気に入りのやもり(いもり?)が
カサカサ音をたてながら出てきて、
蛍が飛び、いろいろな種類のカエルが鳴きはじめます。

夜中に目が覚めたときがあって、
カーテンのない窓から、湖に光る月と、
蛍が飛んでいるのが見えて、
何か夢をみているように美しかったです。

と、こんな風に書いていると、
のどかなタイの田舎でのんびり過ごしたように思うでしょうが、
わたしは今回かなり特別な経験をしたようなのです。
何故、ようなと書いたかというと、
その特別な体験の記憶が全くないからです。

簡単にいうと貝による食中毒なのですが、
わたしがネットで調べたところによると、
貝にドウモイ酸という毒性分が含まれていたらしく、
それがなぜかわたしにだけ作用して、
記憶喪失になったのです。
食中毒の一種ではあるので、
同時に嘔吐、下痢、腹痛を起こし、
記憶がなくなっただけでなく、
最終的には足腰が立たなくなって、
意識までなくなり、病院に運ばれました。

幸い、妹が看護師という職業柄、
あまりあわてもせず、医者と話して、
つきっきりで世話をしてくれたおかげもあり、
わたしは回復したのですが、
本当に全く記憶がないのです。

10回以上も嘔吐と下痢を繰り返し、
くの字に身体を曲げて腹痛を訴えたらしいのですが、
痛かったというのも、吐いたというのも記憶にないし、
マイがわたしを抱き上げて病院に運んだことも、
診察と治療にあたった医者や看護師二人の顔もまるで覚えていません。

その医者は、食中毒で記憶喪失になった
患者を見たことがなかったらしく、
異例なのでバンコクの大きな病院に行った方が良いと
薦めたらしいのですが、わたしの苦痛が緩和され、
点滴で顔色も戻ってきたので、妹は一日様子を見ることに決めて
ノックとマイの家に帰りました。

腹痛を訴え始めたのが午後2時頃で、
病院を出たのが夜8時ぐらいだったのですが、
その間の6時間が空白です。
なにしろ前の日の記憶がないため、
次の日とても心配になって妹にどこで吐いたのかと、
尋ねたら、ちゃんとトイレに行っていたそうです。
「ここはどこ?」「何でタイにいるの?」と
何度も妹に質問したと言うから、
自分がどこにいるのかもわからないのに、
ちゃんとトイレに入るという人間の習性に、
感心したり、ホッとしたりしました。

ところで、最近のわたしのお腹はとても調子がいいです。
何か、胃腸の中の悪い物が全て排泄された感じです。

記憶がないために、
痛かったとか苦しかったとかの感覚は、
身体に残っていませんが、
もしかすると生死をかけたものだったのかも
しれないという感じはしています。

なので、最近のわたしは、
時々「わたしの身体、生きているなー」って、
意味もなく自分の身体が愛おしくなって、
感動しています。

わたしの身体、かなり頑張ったみたいです。
生きてて良かった。
(こんな風にブログがかけるのも嬉しいです。)

それと、タイでお世話になったノックとマイと、
妹の優しさも思い出し、
自分の身体を大切にするためと、
わたしのことを考えてくれる周りの人達の
誠意に答える為にも、
大好きな貝ですが、
しばらく食べないでおこうって思っています。

以下写真3枚です。

果樹園は広いし、果物は重いので、
移動と収穫のために、バイクや自転車に
リヤカーの荷台みたいなのをつけた乗り物が必需品です。
そうすると、

子ども自転車

子ども用の自転車もこんな風になっちゃうんですね。


タイは、タイ仏教が宗教として主流で、
男性は20歳になるとみんなお坊さんの訓練を受けるのだそうです。
ここは、お坊さんが起居するメディテーションセンターの中です。
窓が全くなくて、とても見晴らしの良い場所でした。

メディテーションセンター

この日、この後2時間後に、わたしは記憶喪失になりました。

とてもお世話になったノック(中央)の
オープンキッチンダイニングです。

ノックのキッチン

3人お揃いのタイパンツに注目ください。
ノックが縫いました。
「わたしも作りたい」言ったら、優しいノックが型紙をくれました。
この夏、わたしも頑張ってぬってみようと思います。




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タイでそんなことがあったのね!!驚きました
わこの身体本当によく闘ったし、勝ったね~
ほんと生きててよかった~
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