白血病だった娘の治療のこと

としみの文章です。

娘の春香が白血病で亡くなって、
ちょうど10年になります。
春香のことを想う時、今でも
全てが昨日のことのように思い出されます。
(詳しくは、以前にも書いたので
2月12日親の時間のブログを読んで下さい)
 
春香が白血病になってから亡くなるまでの5年間、
病院や医療従事者との関わりはとても難しい問題でした。
命に関わる病気だったので、医師に対して
「助けて欲しい」とすがる気持ちと、
「治して欲しい」と過大に期待した
気持ちで向き合っていました。

春香の治療は全くと言って良いほど
順調ではありませんでした。
決まったプロトコル(治療の約束事とか手順)
決まった日程でこなして行かなくてはならないのに、
合わせる事が出来なかったのです。
6回の再発に至っても、
治療に変化は有りませでした。

どうして、春香に合った治療をしてくれないのだろうか?
と言う疑問が不信感へと変わっていきました。
また、難病と言われる病気には、生存率(治癒率)
といった数字を医師から伝えられます。
春香も同様で、当初は40%と言われました。
ものすごくショックでした。
でも、この数字は統計にすぎません。
まして、それは春香のデーターではないにも関わらず、
医師はこの数字を信頼しているのです。
治療をこなす事や数字ばかりに注目して、
白血病である春香を見てくれていない、
春香を見て欲しいと怒りが込み上げる日々でした。
一人ひとりが違った体を持っているのに、
治療は画一化しています。
オリジナルは認められないのです。
期待していた私の気持ちは、
みごとに裏切られてしまいました。
そして、いつしか医療従事者は協力関係から
敵対関係という最悪の状態になってしまったのです。
本来なら、医療従事者も家族も一緒に協力し合って、
一丸となって立ち向かい、初めて病気を
乗り越えられるのではないかと思います。

私は春香が亡くなったのは、春香に合ったケア・治療が
出来なかったからだと思います。
春香は医師の予想を裏切って、
沢山の奇跡を私に見せてくれました。
数字やデーターでは計れない幸せな時間を
自らの手で掴み取り、家族に素晴らしい記憶を刻んでくれました。
でも、春香が望んでいたことは記憶に残ることではありません。
病気が治ること、生きることです。
そう、私がこんな風に思えるようになるのには、
10年という月日が必要でした。

「親の時間」で泣いて、怒って、
仲間に私の思いを聞いてもらうことで
徐々に気付くことができるようになったのです。

白血病、小児がんの無い社会に変わること。
そして、病気の子どもたちが、それぞれに
合った治療法を自由に選択でき、
どんな治療でも医療のサポートが十分に
受けられる社会に変わること。
これが私の願いであり、目標です。
社会が変わった時、本当の意味で、
春香の死は無駄にならなかったと思うのです。

私は今、小児がんの子ども達やお母さんと
一緒の時間を過ごしています。
僅かな時間ですが、そこから何かが
変わるかも知れないと思いながら。

としみ
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