できることをやり尽くせたマラソン

ともこからです。

8月27日は北海道マラソンで
フルマラソンにエントリーしていました。
(北海道マラソンはフルマラソンを5時間以内、
制限時間の関門は5キロごとにある大会です。)

昨年は25キロから30キロの間で制限時間
オーバーでリタイアになってしまいました。
今年はそれもあって3月から大会以外で
月間100キロ以上を走る事を目標にして
7月、8月には大会時刻に合わせて
新川通を20キロ往復し、暑さ対策に
朝ランの時は上下長袖長ズボンで練習してきました。

当日は体調も良く、走るのが楽しみでもありました。
結果は、35キロ関門を5秒くらい足らず突破出来ず
2年連続のリタイアになりました。
しかし、昨年は準備不足で悔しさが残りましたが
今年は精一杯やってダメなら仕方ないやと
変かもしれませんが清々しい気持ちでした。

ゴールにバスで到着して、完走証を
手にしている人を見て羨ましくないと
言ったら嘘になりますが
本当に今出来る事をやり尽くしたと
思って自分では納得しました。

そして良くやったなあ~と
自分が誇らしく思えました。
結果はダメでもこんな気持ちに
なる事もあるんだと感じた一日でした。

ともこ

知床トレッキングツアー

まきちゃんからです。

子どもの夏休みに合わせて家族で
知床、弟子屈町、帯広と旅をしてきました。

上の娘は残念ながら行けなかったのですが、
5年ぶり4回目の知床で、自然を満喫してきました。
今まで船に乗って海から知床半島を
眺めてきたのですが、今回は
初めて知床の森を歩いてきました。

「親の時間」の「心と体の声を聞くクラス」の
合宿に参加してからすっかり自然が好きになった私は、
この日の為にトレッキングシューズを新調して
普段も足慣らしに山道を歩いたりしていたのに、
前日、ガイドの方に予約確認の電話を入れると
前日からの雨のせいで「長靴で行くので…」と言われ、
私のトレッキングシューズは車でお留守番でした。

ガイドの女性と待ち合わせた場所に着くと、
私達と一緒に参加する女性も一人いて
全員で5人の少人数のトレッキングが始まりました。

小雨が降る薄暗い森の中は、伸びたワラビや
笹がいっぱいで、時々熊の糞や熊が冬眠で
使っていた巣穴を見つけました。
また、所々に鹿の骨が散らばっていて、
ガイドさん曰く、冬を越せず餓死した鹿が、
雪が解けた季節のキツネや、
熊の餌になり、その残骸だそうです。
私が見た骨は、子鹿かメス鹿のものでした。
オス鹿は角があるので、頭蓋骨のそばに
角がおちているそうです。
でも、私があちこちで見た頭蓋骨の
そばには落ちていませんでした。

そんな森の中の説明を受けながら
小学生の娘の背丈ほどもある
笹薮をかき分け、所々でガイドさんが
大きく手を打って、熊に自分たちが
居ることを知らせながら進んで行くと、
雨が急に止み、蝉が一斉鳴きはじめました。
そして木立がなくなり視界が広がり、
太陽がカーッと強く照り始め、
黄色の花が一面に咲き、
風にそよいでいる原っぱに出ました。
「風の通り道」と呼ばれる場所だそうです。

私はあまりの美しさに思わず
「なんか怖い!夢じゃないよね?」
「あれっ?死んだのかな?」
と口走っていました。
それを聞いたガイドさんが笑って
「大丈夫ですよ、ちゃんと生きてます」
と答えてくれました。
「天国」にはまだ行ったことがないのですが、
きっとこんな所ではないのかなと思ったのです。
来たことがあるような、妙な懐かしさも
あってとても不思議な体験でした。
ちなみに咲いていた黄色の花は
鹿が嫌いな花で、食べないので
原っぱ一面に残っているのだそうです。

一緒に参加した奈良県出身の女性とも
道中会話をしたのですが、とにかく
北海道の気候と自然が大好きで、
今回の旅でほぼ道内を隅々まで
行ったと話していました。

出来れば仕事を辞めて
北海道に移住をしたいそうです。
そして毎回このトレッキングに
申し込んで、ガイドさんとすっかり友達になり、
北海道での職探しのアドバイスを
貰っているのだそうです。
本当にガイドさん並みに詳しい人でした。
でも、今の仕事の転勤で、
北海道はもとより、日本からも遠ざかり、
今は中国の大連にいるそうです。
何故?どうして?とたくさん
質問したくなる人でした。

そんなこんなで、森を抜ける最後は
草を食む鹿に2mくらいの距離で見送られ、
3時間予定のトレッキングで、
みんながすっかりうちとけ、
ガイドさんの説明も盛り上がり、
少し時間をオーバーし、
「また、ここで会いましょうね」と
さよならをして解散となりました。

冬もスノーシューを履いての
トレッキングもあるとのことで、
大連の彼女が去年の写真を見せてくれました。
夏とは違い、厳しい荒々しい海と
真っ白な雪のコントラストがきれいな写真でした。

流氷が接岸する3月にまた行こうと計画しています。

まきちゃん

父との辛い時期は終わった!

ちほからです。

今年の夏も子どもたちと実家に帰って
両親と姉とお盆休みを過ごしました。

父は80才になります。
私が小さい頃、父はよく怒って
いろいろなことを言ってくる
怖くてうるさい存在でした。

父に心配されることが嫌だった私は
文句を言われないように取り繕い、
避けたいけど逃げられない人と思っていました。
あらゆる意味で、私に大きな影響を与えた人です。

小さい頃に戦争を経験した父。
中学生で親戚の家に預けられ孤独だった父。
二人の妹たちを無くした父。
何度も辛い経験をし「もう二度と
こんな思いをしたくない」という
強い思いが私を育てる上で
影響していたのだと思います。

父という存在を客観的にみることが
出来るようになったのは、
「親の時間」の仲間に
話をたくさん聞いてもらったからです。 
私も父も年をとったからだけではないと思います。

今回の帰省で私が運転する車の助手席で
うたた寝をしたり、闘病中の母と
パークゴルフが出来たことを
無邪気に喜ぶ父を見て
ただただ愛おしいと思いました。

父といて苦しくて辛い時期は終わりました。
今は、父が本当によく生きてきたということ。
父がどんなに辛い経験をしてきても、
私は父の思いを受け取って生きなくていいし、
父が好きだということ。

これに気づけたことは私にとって大切なことです。
 
帰り際、ハグした体が、ひと回り
小さくなっていたことにちょっと
さみしい気持ちにもなりましたが、
一緒に楽しい時間を過ごせて
よかったと思えた夏休みでした。

ちほ

膵臓にあった石が自然消滅した!

しばらくのお休みごめんなさい。
昨日アメリカの東海岸から帰って来ました。

ブログの原稿掲載が遅くなってごめんなさい。
以下、としみからです。

今回は私の膵臓にあった石が、消えたこと
についてお話ししたいと思っています。

5年ほど前、突然の左脇腹の激痛によって
病院へ行った私は、初めて膵炎という病気で
入院することになりました。
原因は膵臓に出来た石でした。
それから3年間は膵炎と石を砕く為の
入退院を繰り返していました。

病気にはなりたくないものの、
病気になることで私は日常の嫌なことから
離れることが出来るという安堵感も得ていました。
嫌なこと、自分にとって辛いことをどうやって
解決して良いのか全く解りませんでした。
とにかく頑張る、それが私にとっての
唯一のやり方だったと思います。

でも、「親の時間」の仲間と
話を聞きあってゆくうちに、
膵臓に石は残っていましたが、
膵炎にはなるまで悪化することなく、
普通に日常生活を送れるようになりました。

そしてある日、ついに石は
自然消滅したのでした。

日常生活では食事に気をつけたり、
カイロやお灸も試していました。
でも、大きかったのは聞き合うことで
自分を大事にしていいのだということに
気が付いたからだと思います。
『自分を責めない、嫌なことはしない、
やりたいことをやる、自分のことを第一に考える』

私が子供の時から信じていたのは、
出来ないのは自分の努力不足、
嫌なことを乗り越えていくのが人として素晴らしい、
自分よりも他人の為に生きることが価値がある、
好きなことばかりやって嫌いなことを
避けていたらロクな大人にならない。
このような間違った情報に基づいた
考えこそが、私を苦しめていたのだと気付きました。

聞きあってゆく中で、自分にとって
何が本当で大切なことなのかに気が付いたのです。
少しずつですが、生きてゆくことが
楽しくなり、心地いい毎日が増えていきました。
人生を自分の為に生きるんだという、
新しい感覚と感動、希望みたいなものも
感じるようになりました。

病気の原因は人によって違います。
辛いと思う理由も人それぞれ。
だから解決方法はみんな同じじゃないと思います。
その人自身だけが知っているのです。

「親の時間」は自分の為の時間です。
だから、聞きあっている中では
アドバイスも否定もありません。
アドバイスはする側にとっての
ベストであって他の人には
その人なりのベストがあるのです。

こうして私は5年という時間と
自分なりの方法で病気を乗り越えました。
乗り越えた喜びは大きいですが、
病気になる前よりも、今が楽しいと思うことが
多くなったことが嬉しくて仕方ありません。

としみ

希望を持って生きたい

あやちゃんからです。

今月でちょうど50歳になります。
免許更新の年だったので
免許センターヘ行きました。
新しく出来た免許証と
5年前に更新した免許証を見比べて
「あら~ほうれい線が・・・
目の下のたるみが・・・」
と目に見える老化現象に、何も
感じなかったと言えばうそになります。
でもこれがアタシだもんな!しゃーない!
50歳までよく生きてきた!
と思いなおしたら、ふと40歳の時の
私を思い出しました。
当時、私はなぜか40歳が
人生の折り返し地点と思い込んでいて、
「これから後半の人生、
いったいどうなってしまうんだろう」と
不安や心配、悲観的なマイナス感情で
押しつぶされそうでした。
その頃の私と比べると、
10歳年を重ね、あちこちがたがきている
今のほうが、心はとても
らくちんだなと気づきました。
身体のことや日々のストレスで
辛くなることはよくあるけれど
そしたら、すぐに話を聞いてくれる
仲間がいるし、そうやって今までも
乗り越えてきたから、これからも
大丈夫と思えているんだな、
とわかって嬉しかったです。

これからも年を重ねる私を
私自身が諦めずに、
希望をもって生きたいです。

みんないつもありがとう。

あやちゃん
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わこ

Author:わこ
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