きっとできる!

みゆからです。

先月、中学校の家庭科以来やっていなかった
洋裁に挑戦してスカートを縫いました。

洋裁は何年か前に型紙と布を準備して
ほぼ完成まで漕ぎつけながらも
途中で止めた経験があります。
それ以来、長い間遠ざかっていました。

それでも服作りをやりたい気持ちは
私の中で燻り続けていたので、
そのことを「親の時間」の仲間に
何度か聞いてもらったのです。

仲間から励ましの言葉をもらい、
私自身も「出来ないなんて決めつけては駄目、
もしどうにもならなくなったら
ほどいて小物作りに変更すればいい」
と考え直すことにしました。

雑誌の作り方の行程をしっかり
確認したうえで取り掛かりました。
実際の作業は想像していたより
時間はかかりましたが、
満足のいく出来でした。
その証拠に、既に2度外出の際に
身に付けましたよ。

今になってみると「きっと出来る」と
いう思いが、諦めずに完成できた理由の
ひとつだったと思います。

ちょっぴり夢が広がった私は、
次回は何を縫おうか考えるのが
楽しくなっている今日この頃です。

みゆ

自分が元気になれることを優先

はじめまして!
東京クラスのようちゃんです。

この前の日曜日、子ども達と
クレープを食べました。
小4の息子と小6の娘は、クリームや
フルーツいっぱいのスイーツ系。
私はレタス・ハム・チーズのおかず系を注文。

息子、娘、私の順で、最後に私が
品物を受け取った瞬間、
息子が「おいしそう~!」と言いました。
いつもなら「ひとくちあげるね~」と
応えていたし、子ども達には、
ひと口でもふた口でも
求められるだけ分け与えていました。

でもこの日は違いました。
私は、何気なく無言で食べ始めました。
私の残りが少なくなってきたのを、
すでに食べ終わって見ていた息子が
「ひとくち欲しいな~」と言いました。
それを聞いて、間髪入れずに、私は
「これはママのっ!」
と、残りを全部パクッとひと口で、
自分の口に放り込んでしまったのです。
あっけにとられた息子の唖然とした表情。
娘もエッという顔をしています。
~~シーン~~

「、、、〇〇(息子)も、ママに
ひと口あげてないじゃん」と娘。

違う、違う、ギブ&テイクを求めたわけじゃない。
ものすごくお腹が空いてたわけでもない。
しかもスパッと切った後に残ったのは、、、
清々しさじゃなかった。
襲ってきた、なんともいえない後悔と罪悪感。
母親として、やっては
いけないことをしてしまったような。。。

「親の時間」で話を聞いてもらう度、
繰り返し繰り返し、いつも同じ壁が現れます。
繰り返し、壁と向き合う中で最近、
自分は「ガッカリされるのが怖い」
ということがわかりました。
自分が何をしたいか、より、
相手が何を期待しているか、
の方ばかり気になり、
それに応えることを優先して
「ガッカリされないように」
生きてきたんだな、と。
相手というのは親に始まり、
友達、先生や上司、そして夫、子ども達かな。

壁にぶち当たる度に
「もっと思ってること言っていいんだよ~」
「もっと好きなことやっていいんだよ~」
「やりたくなかったら、いやだ!
って言っていいんだよ~~」
とみんなも、何度も、何度でも、言ってくれる。
その壁を打ち壊そう!
自分を1番に優先していいんだよ!と。

、、、本当はクレープを丸々ひとつ、
一人で食べたい自分がいたのかな(笑)

ひと口分けてあげられる日ももちろんある、
でも分け与えたくない気分の時もある。

クレープ事件は小さな(お恥ずかしい)
出来事でしたが、私にとっては
大きな一歩だったのかもしれない。
ガッカリされたくないという恐怖心は
自分が思っていた以上に根深いと気づけたし。

それで今、自分の本当にやりたいことは
何なのかな?と真剣に考えています。
ほかの誰か、じゃない自分。
自分で自分をガッカリさせない!
まずは「自分が元気になれることを優先する」
から始めています。

「親の時間」という場、みんなの存在に感謝です。

ようこ

身体の声を聞く

しばらくのお休みごめんなさい。

ともこからです。

5月のマラソン大会の前に膀胱炎になりました。
大会中も何度もトイレに行くけど
出ないという苦しい経験をしました。
振り返ると、日々の仕事とマラソンの練習とで
疲労が重なっていました。

ゴールデンウィークにも花粉症で
体調を崩していたのに、
立ち止まることができませんでした。

過信していたのだと思います。
大丈夫だ、スグに調子は良くなると。

身体は食べる事、排泄する事、
休む事、眠る事、全ては繋がっていて
どれか一つを乱暴にしてしまうと、
バランスを崩し、身体は
いつも通りでいられなくなります。
以前不眠になってから、
随分と身体の声を聞く事が
出来るようになったと思っていたのに、
時間が経ってすっかり忘れていました。

身体に『ごめんね』と謝って
『休息を忘れないよ』と約束しました。

ともこ

あきらめなかった私をほめてあげたい

こっちゃんからです。

先日テレビで、
「うつになった人がどうやって
その辛さから抜け出したか」
という内容の放送をしていました。
「うつ抜け」という本も売られているようですね。

うつ、という言葉が、以前に比べて気軽に
人々の話題にのぼるようになったように思います。

わたしも世間で語られるような、
いわゆる「鬱の状態」になったことがあります。
それは断続的に数年間続きました。

心療内科を受診していたこともあります。
「抗鬱剤」といわれる薬を飲んでいたこともあります。

今はあの頃のような辛さを感じることはありません。
薬を飲みたいとも感じません。

わたしが辛さを感じなくなってきたのは、
ひたすら聞きあう仲間と「聞きあう時間」を
持ってきたからだと思っています。

ずっとひとりで溜めこんで
我慢してきた感情を、吐き出すこと。
それを一人でおこなうのではなく、
信頼できる仲間に聞いてもらうこと。
そしてわたしも仲間の話を聞き、
信頼しあえる関係をつくっていくこと。

この作業の積み重ねが、
わたしにとってはかけがえのない経験となり
辛さばかりだった自分の人生のなかに
希望や楽しさや信頼や愛情が戻ってきました。

あきらめずに生き抜いたわたしを褒めてあげたい。
そして聞きあう仲間たちの存在にとても感謝してます。

ほんとうに、どうもありがとう!

こっちゃん

わたしの人生を諦めない

みゆからです。

今、私は決めました。
これからは自分に優しくします。
って切り出されても
ブログを読んで下さっている皆さんは
何のことやらと思うでしょうね。
驚くことと思います。

私にとって自分に優しくするとは
私自身を否定することをやめて、
好きなことや嫌いなこと、
得意なことや苦手なこと、
全部私の一部として認めることなのです。

考えてみれば、私は長い間
ないものねだりばかり
してきたように思います。
いつだって正反対なものに
憧れ続けてきたなぁと。

幼い頃は自分の内向的な性格に対して
人見知りとは縁遠い
社交的な人を羨ましがったり。
結婚してからは台所で
料理をすることが好きな自分を
日曜大工を難なくこなせなければ
駄目と責めたり等々。。。
考えればキリがないほど、
正反対なことにあこがれてきました。

多分、小さい頃に他人に否定されたことが
自分自身の行動パターンに
なってしまったのだと思います。
つまり、私も否定することを、
私自身に課していたんだ、と。
じゃあ、それをしないことを決断するのも
私以外にいないのではないかと気づいたのです。

今後の私の生き様は、私の気持ちひとつで
変えることが出来るんだ。
それなら、やってみよう!
周りの聞き合う仲間の力を借りながら
進んで行くんだ!

そりゃあ容易い道ではないでしょう。
でも私は私の人生を諦めたくはないのです。

みゆ



                                                            みゆ
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