感情を解放することに関して

ちえちゃんからです。

わたしが一般的なカウンセリング
に対してもっているイメージは、
考えを言葉にしてゆくことで、
気持ちや頭の整理をつけていく
というものです。
あるいは、単なる相談と
いう場合も多いのかもしれません。
 
「親の時間」では、考えよりも
感情を聞いてもらうことに
重点が置かれています。
傷ついたことから、人間が
回復するためには、感情の解放が、
必要だという考えに基づいているためです。

ですが、この「感情をあらわす」というのは、
以前にもこのブログで書いたのですが、
わたしにはなかなか難しいことです。

一般的に、アメリカ人は日本人に比べて
感情表現が豊かだといわれています。
もちろんアメリカ人といっても
千差万別でしょうが、映画やTVなどで
見かけるタレントさんなどを見ていると、
その表情の豊かさや、オーバーにも感じる
リアクションに圧倒されるのは事実です。
しかし、彼らはそのぶんシンプルな
考えをもっており、自分のしたいことが
明確であるかのようにわたしの目にはうつります。

それは、もしかしたらわたし自身が
「しがらみ」や「たてまえ」にとらわれて、
感情を外に出すことが不得意であるせいで
そう見えているだけなのかもしれませんが。

夫とそんな雑談をしていたところ、
夫がわたしに「小泉八雲の本に
そんなことが書いてあったよ」といいました。

以下は夫の受け売りですが、
おもしろかったのでご紹介します。

小泉八雲は日本に帰化したイギリス人で、
明治時代の作家です。
もっとも知られている著作は「耳なし芳一」
「雪女」などですが、日本文化に関する評論も
多くのこしています。
かれが日本美術について書いた評論に、
ヨーロッパやアメリカの挿絵付きの本を
日本の子供に見せたところ、
ひどくこわがったというエピソードが
紹介されています。

九歳の男の子が投票場に集まった人たちを
描いた絵を見て、「外国の絵描きって、
どうしてこわいものを描くのが好きなの」
といったそうです。
小泉八雲がいぶかしんでいると、子供は
「この顔!こんな顔は、どこにも
ないでしょう」といいました。
また、十一歳の女の子は、
“ごく普通の、田舎のお百姓さん”などを
描いたスケッチを見て「
まるで地獄の鬼みたい。こんな人、
見ただけで私死にそう!
この本好きじゃありません」と
雑誌をわきへ追いやったそうです。

小泉八雲は、東洋社会の
倫理に着目することが、
西洋人が日本美術を理解する
手助けとなると書いています。
日本においては、「あらゆる個人的感情を
出来るだけ押し隠す――うわべには
にこやかな微笑や泰然自若(たいぜんじじゃく)
とした諦念(ていねん)の表情をたたえつつ
苦痛や激情を人に見せないこと――
これが永年にわたって行動の
おきてとなってきたのだった」と。

夫は、「感情を隠すことが当然だった
明治時代の日本の子供にしてみれば、
それをむき出しにした西洋人の写実的な絵は、
地獄の鬼のように怖く見えたんだろうね」
と解説してくれました。

わたしはいま、「親の時間」で、感情を
おもてに出そうと苦心しているところです。

「親の時間」ではどんな感情でも
受け止めてもらえるという安心感があります。
そうした場所を持たずにいたら、
自分の感情と向き合うことは無理だったでしょう。

明治時代の子供たちが、いまの日本の
わたしたちを見たら、鬼の群れのように
感じるのかもしれません。

しかし、当時とは比べものにならないにせよ、
「感情を解放すること」は、わたしたちの
心にためらいとしていまだ色濃く残っている
のではないかと思えてならないのです。

ちえちゃん

職場の苦手な人と仲良くなれたよ

こっちゃんからです。

今の職場に勤めて三年が過ぎました。

職場にはもちろん色々な人がいて、
私が苦手なタイプの人もいました。
私が苦手だと思っているのが、
態度に表れ、相手にも伝わるのでしょう、
相手も私によそよそしく、
頻繁に嫌味を言われたり、
苛立ちをぶつけられることもありました。

わたしはその人が、益々苦手になり怖くなって、
嫌なことを言われたら落ち込んで
自己嫌悪にもなりました。
相手の顔色を見ながらびくびく働いていると、
仕事も上手くいかないし、全然楽しくありません。

この状況をどうにか変えたい・・・と思い、
言わずに我慢していることを
思いっきり「親の時間」の仲間に聞いてもらったり、
なぜ苦手だと思うのか、
過去になにか原因がないか
いろいろと思いだしてみました。

そしてたくさん泣いたり
怒ったりを聞いてもらっているうちに、
まずは相手からの理不尽な攻撃から、
上手く逃げられるようになりました。
そして何かで怒られても、
以前のように落ち込まなくなりました。
さらに苦手だった相手に少しずつ
優しくなれるようになりました。

劇的に何かが起こったわけではないけれど、
私がひとつやさしくすると、
相手もすこし優しくしてくれて、
気が付いたら少しずつ怒られなくなったし、
嫌みも言われません。
私が何か失敗しても助けてくれます。

なんと今ではとても仲良しです。

聞き合う関係のある仲間に、
聞いてもらうと、すごいことが起こるんだと、
あらためて実感しました。

こっちゃん

「面倒くさい」が取れたらワクワクするよ

みきからです。

スペシャルタイムのクラスで今年に入ってから、
2回ほど公園に雪遊びに行きました。
目的は、雪遊びの楽しさを実感することです。

たかが雪遊び、されど雪遊び!

行く前から、いや雪遊びと決まった2週間前から、
それぞれにいろんな気持ちがわいてきました。
何をして遊ぼうかワクワクするひと、
天気のことや寒さを考えて沈むひと。

私がまず考えた事は、雪遊びのための準備でした。
ウェアーや靴、寒さ対策やその日の体調、
そして終った後の片付けのことまで。。。。
その時点で、とても面倒な気持ちになってしまいました。

「面倒くさい」と何度もカウンセラーに聞いてもらうと、
準備が嫌なだけで、雪遊び自体は
とっても楽しみなんだと気がつきました。

旅行や引越も嫌いなのは、準備と片付け、
気持ちの片付けも含め、それが面倒なだけで
旅行自体は楽しいし、引越だって
本当は新しい家にワクワクしていたんだと思い出しました。

邪魔する気持ちや感情がなければ、
どんなに楽しみにワクワクしながら
その日まで過ごせるかを考えたら、
なんてもったいないことをしてるんだろうと思いました。

何かをするときに出てくる邪魔する気持ちや
なんでそんなに嫌なのか、聞いてもらいながら
ひとつひとつ消していこうと思いました。

きっと勉強も受験も、邪魔するものがなければ
楽しいものなんだろうになーと、
中3のわが家の受験生を見て
ちょっと気のどくになってしまいました。

みき

新しいことにチャレンジする

いっこからです。

今年もクロスカントリースキー
のシーズンがやって来ました。

汗をかいて全身すみずみまで
血のめぐりが良くなるからか、
心身共にスッキリするので、
コツコツと続けてきました。

50歳で始めて、毎年歳を取っていくけれども、
スキーの技術が上達することで
楽に滑れるようになっていくのが面白くて、
それも励みになっています。

少しずつ自信がついてきて、
今年は25㎞の大会に申し込みました。

今の力量だと2時間半くらい
かかりそうなのですが、
そんなに長い時間滑り続けられるものなのか、
先日実際に試してみました。

3分の2まではいつものペースで滑れたのですが、
その後はだんだん身体が重くなっていきました。

短い急な坂を登り切ってあと2㎞というところで、
とうとう足に力が入らなくなってしまいました。

「立っているのがやっとのこんな状態で、
スタート地点まで戻れるかな?
でも、ここで座り込んだら身体が冷えていくし・・・」
と、ちょっと怖かったです。

不安になって周りを見たとき、
山に生えている木々がじっと私を見て
応援してくれているような気がしました。

すこし元気が出てきて、残っている力を
振り絞るようにして足を動かし続け
無事ゴールしたときは、本当にホッとしました。

その後水を飲み、みかんなどを食べたのですが、
「おいしい」という舌の感覚はあまりなくて、
口から入ってきた物を、身体がガツガツと
吸収しているような不思議な感じがしました。

25㎞を滑ってみようと思えるくらいに
自信がついたこともうれしいし、
自分の身体の変化を体験できたことも良かったです。

こんな風に新しいことにチャレンジできたのには、
何があっても、わたしの悩みを聞いてくれる人の
存在が大きな支えになっています。

次に滑るときは、疲れ切る前に定期的に
小休止をして水を飲む、とゆうのを
やってみようと思っています。

いっこ

無理しないで家事をする

みゆからです。

私は、年末年始にかけての1週間
ひとりでウイークリー・マンションで過ごしました。

24時間何をするのも自分の為だけなのが
この上ない幸せと感じました。

じゃあ、そんな私の普段の生活はというと
日中は、家事にかなりの時間を割いています。
決して、義務感だけではなく、
喜びや張り合いも感じていますから
長く続けて来れたのだとは思います。

まあ、元々台所仕事が好きですし、
実際家で過ごす時間の一番長い私が
居心地良くするために家事をやるのは
自然な流れとも思えます。

それでも、やはり胸の内にある
誰かのために「やってやってる感」
を打ち消すことはできません。

考えてみると、幼い頃の母の口癖は
「主婦が家を空けるときは普段より家の中を
きれいにしてから出掛けなければならない」でした。
母は、その言った通り実践していました。

その母のやっていたことを、
私も結婚後にやろうとしたので、どこかに
出掛ける前はとても忙しい思いをしました。
こんなだったら外出をとりやめようと
考えたりしたこともあります。

その頃は、家事をしっかり終えて、
いざ出掛けられると思った時には
すでにヘトヘトになっていたりして。。。。

もちろん肉体的な疲労もあったのでしょうが、
私の考えではなく母の考えにがんじがらめになって
いたのですから、そりゃあ疲れますね。

今はというと、「親の時間」で聞き合う方法を知り、
自分で考えることの大切さに気付いてからは
自分の考えに基づいて行動しています。

きっと、母も祖母に同じことを言われて
頑張って来たのでしょうから、
今はむしろ母にいたわりの気持ちが湧いてきます。

今後の私の目標は、もう少し自分自身に
優しくなれることです。

きっと、自分が何か無理をしているから
「やってやってる感」が出て来るのでしょうから、
無理をしないで、家事もできたらいいなと思います。

みゆ
 
  
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